例えば、こんな話はどうだろうか?

「異常な金属」

SD戦国伝 空想科学講座 1時限目

 皆さんも、俄雲大社の年2回の宝物殿一般公開はご存知でしょう。
あそこに奉納されている古代の武具には、しばしば、まるで「刀傷」のような鋭い切断部があるのもまた有名な話です。
 さて、皆さんはあの「刀傷」、如何にして付いたものと推察されますか?
その答えは実は、最も単純にして、同時に驚嘆に値する事でした。


 さかのぼる事20数年前。古代巨人種族の武具に関する、本格的な調査が行われだした頃。

 私はまだ学生で、あちこちのゼミにちょくちょく顔を出し、ちゃっかりと居場所をこさえていた。その時はちょうど、同大の考古学実験室からの依頼で、巨人種族が用いたという刀剣の工学的見地からの調査を行っていた金属工学講座に顔を出していた。

 私は教授に言われるままに実験装置を組み上げた。そのとき預かっていたのは数本の刀だった。すでに表面の組織の状態から、それが鉄はもちろん、ありふれた金属で無いことは分かっていた。それは、しばしば巨人種族の遺物から発見されるもので、現在はほとんど見ることの出来ない数種の希少金属を中心とした合金である。文献でしばしば「白鋼(しらはがね)」と呼ばれているものと同一と言われている。

 実験の題目は、この刀の切断能力を見極める事。
伝承では、これら巨人種族の刀剣は鋼鉄をも引き裂いたというが、これは多分に誇張された表現に違いない。が、現在用いられている刀より優れた性能を持っている事は十分期待できる。なにしろ、同じく白鋼で作られた鎧直垂(よろいひたたれ)は、鋼鉄や強化プラスティック等よりも優れた耐久性を示したというのだ。その話自体、工学知識の乏しい考古学者の思いこみ、という意見があるものの、今のところそれを証明する実験は成されていない。

 実験内容としては、弾性係数の算出と衝撃破壊荷重の算出に絞られた。
刀を破壊してしまうことについては了解を取ってある。実験に供された刀剣は事前に考古学的な調査が徹底的になされ、「問題無し」(つまり、大した品じゃなかった、ということか)とされたものだ。
 とはいえ、ぶち壊して良い刀は限られている。するべきことはいくらも有るが、この2つの数値だけでもかなりの考察は可能だ。

 刀をいくつかの区間に分割し、区間毎に荷重を加える。全体の結果から、刀トータルとしての性能を算出する。
 装置は、いわゆる3点支持梁(はり)モデルに良く似たもので、非常に初歩的なものだ。この古典的な実験を足掛かりに、長く面倒な考察を経てこの刀の持つ能力を推測する筈であった。

 が、答えは即座にもたらされてしまったのだ・・・

 最初は、装置のミスかと思った。
 刀の、ある2つの点を橋の様に下から支え、その中間の点を上から圧迫する、非常に初歩的な装置。分かるのは、大まかには刀に掛けた荷重に対する刀の歪み。刀が、どのくらい「反る」ことが出来るか、とも言える。限界を超えたときは、折れるなり、割れるなり、とにかく、刀の破壊によってそれを知る。

 その荷重と歪みの関係を示したグラフの、歪みを示す数値が先程からほとんど変化していない。
 教授は、私に刀の固定具を調べる様に言った。固定具が荷重に負けてずれているのではないか、と思ったのだろう。私もそう思ったが、クランプ型の固定具と刀の接触部分は初期の位置から変わっていなかった。

 となると、刀をプレスしている荷重機か、荷重計の故障か。いずれにしろ、このまま実験を続ける事はできないだろう。
 装置を停止させ、クランプ部分をチェック。刀にもクランプにも、損傷も摩擦痕も無い。
荷重機も、SC45(鋼鉄の一種)のテストピースで正常動作を確認。

 にもかかわらず、何度実験しても刀の歪みはある領域を過ぎるとほとんど変化しなかった。
 私は、刀が破壊されるまで加重したら、と教授に言い、教授もうなずいた。もはや、つまらないミスでは有り得ない。


 荷重は、既に同寸法のチタンをへし折るほどになっている。荷重−歪み線図の勾配は、依然として通常の逆の変化を示している。荷重が増すほど、歪みの増加は減少している・・・!?そして・・・

 私も、教授も、同時にそれを見た。
 装置と刀の接触部が、白煙を発している!

 それを確認する間もなく、装置は熱気に包まれ、クランプ部と加重部はあっという間に赤熱し、荷重部が刀にずぶずぶと食い込んでいったのだ!

 私は教授の指示を待たずに非常停止釦を叩いた。
 装置が止まると、すぐに熱の発生は収まったが、室内に篭った熱気に包まれ、まだ暗赤色にくすぶるクランプを前に、私達はしばし無言であった。


 その後、何度か同じ実験を行い、更なるデータを集め、何より、それがつまらない事故や幻覚で無かった事を確かめようとした。
 他のゼミ生や教授達も立ち合わせ、実験後、それを確かに見た事を一同に確認した。

 同時期に実験を行っていた他の研究室では、このような現象は無かったという。
聞いた所によると、彼らは刀を、刀としてより金属材料としてとらえ、テストピースに切断した上で実験したという。
 つまり、刀として損傷の無い状態で、正しく使用した時のみ発揮される特性だということだ。

 細かい理屈は教授達でさえさっぱり分からなかったが、我々は直感的に、それが歪みの変化が限りなくゼロになった点で急激に進行した現象である事を確信していた。
 そして、当初の目的、つまりこの刀の切断能力、という点においては、ほぼ明らかとなった。
 この刀は、弱い力に対しては、柔軟にしなり、強い負荷がかかると急激に硬化し始め、それが「臨界」に達すると、どういうプロセスを経てか、受けた負荷を熱として放出するのだ。
 それも、ただ発散するわけでは無く、かなり正確に、刀刃の刃線に沿って。
 変換効率は極めて高く、かつ急速であり、刃線に集束されたその温度は、鋼鉄の融点を裕に越す。
 実験時の温度は、この刀の本領では無いのだ。

 我々は、ここまでの実証として、あのどさくさでし損ねていた衝撃試験を行う事にした。

 その実験は、今度は初めから多数の立合い人を用意した上で行われた。


 実験は、滞り無く終了し、ほぼ予想通りの結果を残した。

 立合ったほとんどの人間の反応は、あのときの私と教授と同じく無言、いや、それに加え、畏怖と驚嘆の入り混じった表情を張り付かせ、凍り付いていた。

 刀は、全く損傷の無いまま、銀色の地肌を見せてそそり立ち、その背後には、実験材固定用の分厚い鋼鉄製のプラットホームが真っ二つに両断され、脱落して転がっていた。


 今年も、私は宝物殿に出向こうと思っています。
今では、刀の特性も少しづつ明らかになり、一時期のように過剰に危険勿扱いされる事も無くなりましたが、やはり昔ほどは近くで見せてくれなくなったのが少し残念です。
 皆さんにも、一度現物を見て来られる事をお勧めします。

某私立大学 微細金属構造講座 講義中の教授の雑談より。

あとがき?


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