幕開け

七月十四日 〇〇三七時
烈帝城

 発端は、激しい地震であった。

 全身を叩き上げられるような凄まじい揺れに目を覚ました大将軍 衛府 弓銃一(えふ きゅうじゅういち)は、間髪置かずに、枕元の刀架から刀を引ったくり、周囲の気配をうかがった。

 どうやら、奇襲の類ではない。しかし、最初ほどの衝撃では無いにしても、未だ揺れは収まらない。

 耐震・耐火・対爆・対術・対魔・・・などを施された天下人の城なれば、たとえ大地震とて心配要らないが、これは地震ではない。

 尋常の事態では無いのは明らかだ。

 「鳳凰(フェニックス)、何があった!?」

 光の力の化身、結晶鳳凰(くりすたる ふぇにっくす)が宿る『光の鎧』はここには無いが、随時、意志を疎通させる事が出来る。

 『遠く、海の向こう・・・、影舞乱夢(えいぶらむ)、そして赤流火穏(あるびおん)に、災厄が打ち下ろされた・・・。』

 「どういう事・・・」

 「恐れながら申し上げます!」

 問い返す前に、廊下に近侍が座った。ひどく慌てている。

 「苦しゅう無い。何があった。」

 「ただ今、影舞乱夢国・直通電信回線より火急の伝達有り!、『首都、砂成(さなりぃ)近傍に、巨大な物体が落下。損害、極めて甚大也』、との事!」

 予想を越えた事態であった。
 

同日 〇一〇八時
 烈帝城 天守地階 軍議の間

 直ちに、重臣達が召集され、非常体勢が取られた。

 暗赤色の灯りのみが薄く照らす天井の低い部屋に大将軍以下が集い、それぞれの卓の映示板の光に顔を照らし出される。

 十五分前、赤流火穏国からも同様の連絡があった。二国同時に、未曾有の災厄に晒されたというのだ。

 これほどの被害をもたらす巨大な物の接近を察知できなかったのは、昨日から、三国の非常に広い地域が雲に覆われていた故である。天文観測はほぼ不可能な状態であったのだ。

 まず検討されたのが、義援団の組織と派遣であったが、現地の状況が杳として知れない以上、迂闊な行動には出られない。

 直通回線から断片的な情報は入ってくるが、両国ともかなりの混乱があるらしく、内容は定まらない物が多かった。

 先程、長距離偵察機を向かわせたが、まだ詳しい情報は入ってこない。

 とりあえず、大質量隕石の衝突による災害を仮定。それによる被災者救助と二次災害抑止の装備を持った船団の組織を進め、状況が解明次第、急遽派遣する方針を固めた。

 「だが・・・二国同時に、か?」

 軍事全てを牛耳る将頑駄無、『轟天頑駄無』轟騨 靖盛(ごうてんがんだむ ごうだ やすもり)が皆の胸中に渦巻く懸念を口に出す。

 勿論、二国同時に義援船団を派遣する労力を惜しんでいる訳ではない。

 二国同時に、しかも、両国の首都を狙った様に・・・?

 「『天ノ島』だ。」

 一段高い上座の床几に腰掛けた大将軍の声に、一同が振り向く。

 「何と仰せられるか・・・?」

 「鳳凰が言っている。二国の上空に有る、天ノ島が落下したのだと。」

 「しかし、恐れながら、『天ノ島』は天空武人の住まう・・・天界に御座います。それが、何故に?」

 「それはまだ解らん。だが。」

 轟天ははっとした。そして、電信台の一つに向けて命じた。

 「悪無覇域夢山(あなはいむざん)指揮所に繋げ!」

 「如何されましたか、轟天殿?」

 「天ノ島は、天宮(あーく)にも有る。」

 「!」



 天宮、影舞乱夢、赤流火穏の三国には、太古の昔より、その直上に、『天ノ島』と呼び習わされる、

 巨大な物体が存在していた。

 伝承によれば、神たる天空武人達はそこから下り来たると言われており、

 天ノ島は神々の住まう世界と信じられていた。

 今、その神々の城が、地を打ち据えたのだ。


同日 一四二二時
烈帝城 富嶽書院

 その場には三人の男が坐している。

 三人は、かつて戦友であり、今も同志である。

 三人は、今は一国の主である。

 影舞乱夢国主・白龍大帝

 赤流火穏国主・阿修羅王

 天宮国主・討魔大将軍 衛府 弓銃一

 ここは、臨時首脳会談の場であった。

 「・・・と、いうわけで、我々は危うく難を逃れたが。」

 「いつあの『天ノ島』が天宮に落ちるとも限るまい。油断めさるな。」

 二国の国主は健在であった。

 だが、あれから、事態は急変していた。

 天宮各地に突如、巨大な怪物を主力とする兵団が現れ、侵攻を開始したのだ。


同日 〇三二二時
烈帝城 天守地階 軍議ノ間

 両国よりの通信の混乱は小一時間程で解消され、両国主の健在を確認すると共に、詳細な状況聴取を行った。

 派遣した偵察機により判明出来たのは、「何か巨大な」物が落下したと思しき巨大な痕跡、そして、それを中心に吹き飛ばされ、なぎ倒された都市の惨状のみであった。

 真に、両国に落ちたのはあの『天ノ島』なのか・・・?

 それは真実であった。

 昨日の夜半頃、まだ雲に覆われる前の最後の観測にて、両国の天文台共に、『天ノ島』の挙動に僅かな変化が現れた事は察知していた。

 天宮からも同様の挙動が観測された。

 だが、その後の観測が不可能となり、雲が晴れた後の再観測にて、落下が不可避であると判明したのは、落下する僅か15分前であったという。

 約一日前には兆候を掴めるという。だが、たとえ落ちてくると分かっていた所で一体、何が出来よう?


 「鳳凰・・・、「太陽砲」であれを破壊する事は出来るか?」

 『太陽砲』―大将軍の『光の鎧』に装備された、否、大将軍の全てを一体として駆動する必殺必滅兵器だ。

 『光の力』を一点に集約したその威力は神域に達する。

 だが。

 「鳳凰?」

 『・・・・・・それには答えられぬ。』

 「何?」

 『・・・大将軍の力・・・  ・・・天ノ島は、天空武人の住まう城也・・・。』

 「どういう事だ?何を言いたい、鳳凰?」

 『・・・・・・』

 「如何なされました、上様?」

 「鳳凰が、分からんと言っておる。」

 「何と!太陽砲でも破壊が適わぬと仰せか!」

 「さあな・・・。」

 弓銃一は、こんな鳳凰の物言いは初めてであった。時折、訳の分からぬ事を言ったりするが、

 答えをはぐらかされた事は無かった。

 (何か、訳が有りそうだな・・・)

 だが、このような危急の事態に、鳳凰を問い詰めてもしょうがない。

 「黒守暴穏(くろすぼおん)海域に観測機を出せ。『天ノ島』の軌道を常時再計算、主映示板に転送しておけ。僅かでも変化あらば逐一報告。」

 「御意!」

 「万が一に備え、破悪民我夢(ばあみんがむ)(天宮首都)より、民の一時避難勧告。」

 「は!」

 「それと、轟天殿。」

 「は、承知しております。直ちに、通常兵器における『天ノ島』破壊策を検討致します。」

 「お任せし申す。」

 「とんだ事になったもんだな。」

 傍らに控え、事態を見守っていた副将軍 流星が、映示板に現れる天ノ島の望遠映像を見ながら弓銃一に話し掛ける。

 彼は、開幕以前よりの弓銃一の親友であり、現在でも地位の差を越え様々な相談を請け負っている。

 「どう見る?流星。」

 「怪しい。めちゃくちゃ怪しいぜ。絶対、これだけじゃ済まない。」

 「縁起の悪い事、軽く言いやがって・・・。ま、確かにこれは尋常ではないがな。」

 「月光はもう動いてる。予てより不穏な兆候ありき、って訳か?」

 月光―流星と同じく、副将軍の地位に在りながら表舞台には立たず、御庭番衆『武零斗忍軍』(ぶれーどにんぐん)を束ね、内外の兆候に眼を光らせている。

 幕府黎明期における細かな火種は、全てこの武零斗忍軍によって事前に消しとめられたと言っても 過言ではない。

 「この件との関連は分からんが、数日前より巨大な妖気の「気配」が感じられる、との事だ。

 裏で大量の金子(きんす)も動いている。そして、鬱陶しい事に絡んでいるのはどうやら闇軍団の生き残り・・・。

 全く、残党狩りは徹底させたはずなんだがな。」

 「闇軍団・・・、まさか、あの男・・・」


 二人の会話は、緊急電信の入電を告げる声に妨げられた。

 舞鳥岬近海に、突如として船籍不明の軍艦が現れ、陸へ急速に接近しているとの報であった。


同日 〇三四五時
犀の河原

 その黒い船は、舞鳥岬を掠め、犀の河原に向かって北上して来る。

 だが、周辺の水深は浅く、とてもあの規模の艦が近づける場所ではない。

 沿岸を固める水軍が、軍艦に警告の呼びかけを繰り返すが、全く返答が無い。

 軍艦は水軍の船に進路を塞がれても尚、進路を変えず、体当たりをも辞さぬ姿勢を見せ、陸に接近する。

 水軍の将は、不信艦に敵意有りとし、攻撃を命じた。

 艦砲、魚雷、爆雷が一斉に軍艦に向け放たれた。

 だが、如何なる策を用いてか、その殆どが敵艦に到達する前に爆ぜ、散ってしまうではないか。

 稀に砲や魚雷が命中するも、一向に速度は衰えない。

 そして、

 終に、軍艦は犀の河原に上陸した。

 そう、上陸したのだ。

 艦上構造物の下には、大地を踏みしめる四本の脚を備えた巨大な体躯が有り、その姿は・・・

 呪わしき姿。

 天宮の民なら、戦史資料で一度は見たであろう、その名は禁忌であるとすらされる、『闇ノ権化』の姿であった。


 ギェェェェェェェェェェェェェ!


 奇怪な雄叫びが、夜明けの河原に響き渡る。

 騒乱の真の幕開けは、ここからであると誇示せんが如く。

 その軍艦、いや怪物は、何かを嗅ぎ分ける様にゆっくりと頭を振り、やがて一方を見定めて歩き出した。


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