怪物は、天宮各地の沿岸、八箇所に忽然と現れた。
その何れも、港や都市沿岸をまるで無視した警備の薄い地点を急襲、上陸を果たし、
搭乗していた多数の死霊武者と共に、内陸部へ向け侵攻中であるという。
侵攻地点には全く統一性は無く、目的に至っては見当も付かなかった。
一つ、分かった事は・・・その道筋にあった市街地は、ことごとく蹂躙される、という事だ。
各地の戦況は芳しくなかった。
ここ、西国の果て、爆火炉忍亜山麓(ばびろにあさんろく)でも、未明より西国武士達の必死の防戦が続いていた。
「構え!・・・放てェ!」
馬上の将の掲げた采(さい)が号令と共に振り下ろされる。
姿勢安定錨を固定し、砲撃姿勢を取った十六旗の璽武参(じむすりー)[迫砲隊仕様]が、
一斉に両肩部に搭載した微砕竜乱散破天(みさいるらんちゃー)から誘導弾を撃ち放つ。
使用弾種は、運動力を以って装甲を貫通しその後炸裂し内部を焼き払う、徹甲焼夷弾だ。
目標・・・、五キロ離れたこの台地からでも小山の様に見える、黒い怪物。
乱散破天一基当り十二発、計三百八十四発の誘導弾が、闇を噴進炎で貫きつつ網目の様に展開し、怪物に向け飛翔する。だが・・・
ある距離まで接近した時、その頭部と思しき部位から伸びる長大な角が断続的に鋭く光る。
すると、誘導弾は見えない壁に阻まれる様に次々と爆発していく。
それでも幾つかは「壁」を抜けて本体に迫らんとするが、背面に設けられた無数の対空銃塔が恐るべき応答性を以って追尾し、撃墜する。
「おのれ!能動障壁(アクティブ・バリア)か!」
「対空砲の旋回が早過ぎる!微砕竜何ぞ当らねぇ!」
当りのあちこちに火柱が立ち上る。今の攻撃で位置を絞り込まれ、直ちに応射が始まったのだ。
「全旗、本陣まで後退!装備を換えて出なおしだ!」
璽武参が安定姿勢を解き、脚部に備えられた浮走機構を作動させ、四旗一組の隊を成し、後方へ走り去る。
戦馬に騎乗した将が、怪物を睨みつける。
「好きにはさせぬよ・・・我等の国だ。」
そして、背を向けて走り去る。
迫砲隊仕様の璽武参は、肩部と背部に多目的兵装架を備える。
通常は多彩な弾種と高い命中精度を誇る微砕竜乱散破天を装備しているが、
今、整備所役がそれを下ろし、大型の滑腔砲を取りつけている。
先程の将の激が飛ぶ。
「良いか!何としても、山を越えさせてはならん!爆火炉忍亜山を越えれば不論帝悪(ふろんてぃあ)までもはや妨げとなる物は無いのだ!ここで化け物どもの勝手を許す事は士道に悖ることぞ!」
整備用架台に甲冑ごと固定されつつも武士達は、おおう!と声を挙げる。
その時、不論帝悪守護職 役士摩 大那(えきしま だいな)が姿を表した。
怪物が沿岸に現れた、との報に、直ちに周辺に駐留する警護の士による臨時迎撃部隊を編成するよう命じたのは彼である。
甲冑に陣羽織という出で立ちで床几に腰掛けた彼の前に、先程から砲術隊に激を飛ばしていた将が膝を付いた。
「緑火隊隊長、藤見 矢二郎 に御座います。」
緑火隊は、不論帝悪、里武守(ざむす)など、西国南部の守護を旨とした天宮軍の陸戦部隊である。
「大儀である。して状況は?」
藤見の口から戦況を聞いた彼は、直ちに不論帝亜の全ての民を避難させるよう命じ、それが完了するまで時を稼ぐ事こそが自分等の目的である事を全軍に通達した。
藤見は、敵を撃破し街を守る事に執心していたが、守るべきは領地である以前に領民である、
との役士摩の言葉に、折れざるを得なかった。
それに、無念なのは役士摩も同じである事は充分解っていたのだ。
「出陣!」
自ら戦馬を駆り陣頭に立った役士摩が振り下ろす采が薄暗い空に白くはためく。
それと共に、全軍が一斉に鬨の声を上げながら、浮走機を吹かして進軍を開始する。
黎明である。
東の空が白んでいるが、まだ日は昇っていない。
薄暗い峠道を航法灯が次々と行き過ぎる。
そして山頂付近に差し掛かった時、平地より一足早く昇った朝日が彼らを照らし出す。
整然と四旗一組の菱形陣形を組んで行軍する、白と若草色の璽武参。
様々な意匠で飾られ、それぞれ独特の風貌の甲冑を着込んだ武将達。
皆、薄紅色に染まり、金具や鍬形がキラキラと光を弾く。
近隣から急ぎ馳せ参じた武将とその供奉の者達、それに屯所に控えていた緑火隊士の武将、足軽、そして、それらとほぼ同数か更に多いその他諸所役含め、およそ三百名。
兵力としては決して多くは無いが、朝霧に赤く彩られ、峠道を埋め尽くす様は壮観である。
敵は、怪物を中心に多数の死霊武者や妖怪を展開し、既に爆火炉忍亜山 南南西
三五kmまで侵攻、その進路から、山を西回りに迂回すると思われた。
こちらは爆火炉忍亜山南西斜面から裾野に掛けて展開し、迎え撃つ形をとる。
町民への避難命令は既に発令された。
全町民の避難完了まで、推定二時間。
その間、この防衛線を死守し、避難完了が確認され次第、不論帝悪に後退し、西国北方からの援軍を得、体勢を立て直す手筈である。
「では、御武運を!」
藤見の横を並走していた武将が戦馬の速力を上げ離れていく。
その後を、数十人の猟兵部隊が続々と追って行く。
彼らは裾野の森に潜み、砲火を掻い潜った敵を対装甲用の狙撃長弓や長槍で仕留める役だ。
彼らを護衛する瞬刃隊士も同行する。
更にその後を対空長弓部隊が続く。
敵の航空戦力に関しては、小型の飛行甲冑が幾らか確認された程度だが、それでも山上に侵入を許せば陣地が丸裸同然になってしまう。
裾野近くに陣取り、頭上を通過する敵を射落とす役が必要だ。
「よし、我らも行くぞ!」
藤見は迫砲隊士に檄を飛ばす。
滑腔砲隊が山頂へ向かう峠道から離れ、茂みを縫う獣道のような髭道に踊り込む。
木々の間を走りぬけ、更に途中で砲一門ずつの小隊に分かれ、作戦通りの場所に散る。
僅かな間をすり抜け、道が無ければ刀で木を切り倒す。
そして急に視界が開ける。そこはせり出した岩棚だ。
見えた。
息を飲むような異様。
遠きに霞む巨体。
黒い怪物。
地平線から、まさに今居る爆火炉忍亜山と向かい合う様にそびえ立ち、半身を朝日に紅く染め出されている。
同じ紅が、禍禍しい色に思えるのはまったく勝手な思い込みだが、そう思えてならない。
藤見は口端を歪めてそれを睨みつける。
「また会うたな・・・化け物!」
怪物の金属質な質感の顔から、全身に目線を引く。
全身、艶の無い材質で覆われ、
大規模な浮走機の使用で土色にくすむ巨大な脚部には、姿勢安定用と思しき長い爪が突出している。
艦体中央周辺の左右からは、恐らく呪術的機構に関連した物であろう、巨大な扇のような構造体が一対、上方へ伸びており、その部位には継ぎ目も凹凸も認められない。
左右の構造体の中心には、目を象った印が掲げられ、それぞれの瞳に当る部分に『呪』『伍』と読み取れる文字が描かれている。
その構造体より前にはまるで戦艦のような檣楼。
その前には巨大な三連砲塔、二門。
檣楼の後方には二基の煙突が有り、濛々と黒煙を吹き上げている。
視線を怪物の手前に向ける。
十数個の豆粒の様に見えるが、望遠映像で、その一つ一つが戦車や妖怪であると分かる。
そして、それらを援護する、多数の「生ける死者」の動甲冑―死霊武者。
やはり、最前にいるのは槍兵のようだ。
その上空を見やる。
さして高く無い高度に、空戦甲冑らしき小さな影が幾つも認められる。
数にして、三十前後。多くは無いが、現在のこちらの戦力から鑑みれば、決して侮れない。
「よし!全旗、合戦準備!」
藤見の激に従い、砲撃準備を開始する。
璽武参各旗は、二旗一組で前後に並ぶ。
前方の甲冑には砲身と射撃管制装置、後方の甲冑には機関部と給弾装置が搭載されている。
砲身を担ぐ璽武参が膝を付くと、右肩に折りたたまれて据え付けられた長大な砲身が展開し、固定される。
その後部に、後ろの璽武参が右脇に抱えた砲機関部を接合する。
そして、二旗の璽武参が脚と背部に備えられた安定錨を地面に打ち込み、砲撃体勢完了。
この位置からは、眼下の状況が手に取るように分かる。
砲を据え、戦の趨勢を見守るには絶好の位置だ。
藤見は、自信に満ちた表情で、眼下の森と迫り来る敵を見下ろした。
滑腔砲陣地より高い位置に設けられた仮説本陣。
陣、と言っても、指揮・情報管制の中枢である事以外は、ただ便宜上そう呼ばれるだけで、機材を搭載した動甲冑や駄馬が役士魔の戦馬を囲む様に居並ぶのみである。
藤見の滑腔砲隊陣地や、森に散らばった各部隊、また、先行し、敵の予測侵攻経路に潜む斥候がもたらす情報は、全てこの本陣、役士摩の元に集まる。
役士魔の兜は、動甲冑本体や戦馬に搭載された拡張装備と連動する事で、高度な情報管制処理能力を持つ。それは通常の動甲冑の比ではなく、『着用する司令室』とすら言えるものだ。
主映示板には、斥候が送信してくる敵部隊の侵攻状況と、各小隊長が報告してくる自軍の詳細な布陣。
通信機の各経路(チャンネル)からは、次々と配置完了の報告。
最後に、滑腔砲部隊を率いる藤見から配置完了の報が入る。
全旗配置完了。
役士摩は背負っていた弓を構え、鏑矢(かぶらや)を番えて高く掲げる。
兜の映示板の映像に、各滑腔砲の射程円を重ねて表示。
敵部隊先頭の座標をメートル単位で刻む勘定計(カウンター)の末尾の桁を睨みながら、弦を引き絞る。
先頭が射程円に触れ、入り込み、そして、
「全旗、攻撃開始!」
声とともに放つ。
鏑が笛の音を立てながら空に吸い込まれ、国際通信規格で記載され、圧縮信号に変換された全軍の将の『名乗り上げ』が当り一帯に発振されると同時に、幾つもの砲声が轟く。
一拍置いて、彼方の地表から黒煙が立ち上るのが認められる。
と同時に、弾着観測員から命中の報告。
斥候からの映像も送られてくる。先頭を進んでいた大型妖怪や装甲車両があるものは破片を撒き散らして転倒し、あるものは何かに引火したのか炎上している。
「はっはぁ!先程の玩具とは訳が違うぞ!主力戦車搭載と同様、102mm口径、電磁加速砲身、重金属貫徹弾芯、高速徹甲弾だ!これ食ってあの世へ還えれ!」
藤見が哄笑と共に采を振り下ろす。
それと共に第二射が放たれる。
「砲はたったの八基だが、地の利は断然こちらに有る!
一匹でも多く叩いて、裾野の連中に精々楽をさせてやろうぞ!」
おおう!と受声器から皆の声。
士気は充分だ。死霊や妖怪共が相手なら、このまま漸減させて追い払う事も出来よう。
だが・・・。
ギェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!
奇怪な叫びと共に怪物の背部の砲が一斉に放たれる。
斜面のそこいら中に着弾して土砂を舞い上げ、山全体を揺るがすような・・・いや、揺れている。
周囲には爆風が吹き荒れ、樹木がみしみしと音を立てて傾ぐ。
滑腔砲小隊は、各個に回避行動。姿勢を低くしつつ、後方の璽武参が前の璽武参の背部脚台(タラップ)に脚を掛け、安定錨を上げて浮走する。
同位置から既に二射した為、位置を絞り込まれている。場所をずらして仕切り直しだ。
藤見は、戦馬から無数の木偶威(デコイ)を放出。敵の斥候の感知器を欺く為である。
あの怪物の砲は艦砲のそれだ。動甲冑のような小さな目標を追従し続けるのは困難なはずだ。
各員、再配置完了。
「よし、デカブツを止めるぞ!『櫓』のど真ん中だ。各旗、砲管制装置に位置を転送する!
四番、七番、八番砲は徹甲焼夷弾装填!」
藤見が駆る迫砲隊仕様の戦馬には、複数の火器管制機構の情報を中継・統括する機能が有る。
これにより、複数砲による極めて高精度な一点集中砲火が可能である。
『参番砲、照準!』
『七番砲、照準!』
各砲の管制器が、藤見の狙った点に次々と照準を合わせる。
『二番砲、照準!』
数秒の間に、八基の砲が一点に狙いを定める。
「放て!」
藤見が采を振ると共に、完全に同期した八発の砲が轟音を轟かせ、幾つもの空を切る音が急速に遠ざかる。
藤見は映示板の望遠映像を睨む。
やはり、怪物の手前で不可視の壁に阻まれ、四発、五発と爆散する。だが・・・。
「は!ざまあ見やがれ!よし、第二射用意!」
残りは、怪物の檣楼らしき構造物に命中し、微かに破片が落ちるのが見える。
徹甲焼夷弾も一発命中した様だ。割れた窓から黒煙が立ち昇る。
徹甲焼夷弾は弾芯に劣化輝羅鋼を含有させた物で、着弾時の衝撃力により励起した熱変換能が、貫通した内部を火の海にするのだ。
残念ながら、大変高価で配備数が少ない為、攻撃の効果がどの程度か分からない故、半数の砲にしか使わせなかったが・・・。
攻撃に反応し、微小時間・微小面積のみで励起する能動障壁の弱点は、同時・同個所の攻撃だ。
専門的には、感度の分解能が云々言うのだが、つまりは細かい区別はしにくい、と言う事だ。
完全に同期を取った発射時期に、微妙にずらした着弾地点。
理屈では可能、と言われていた方法だが、上手くいった。
さすがの対空機銃も、高速徹甲弾までは撃墜出来ない。能動障壁さえすり抜ければ、着弾させるのは訳無い事であった。
檣楼の装甲は本体に比べれば、そう厚くは出来ない。電磁障壁も併用していた様だが、
阻まれる事無く貫通した。
藤見は、してやったり、という顔になる。
艦船の常識を当てはめれば、恐らく指揮中枢はあの真下、本体の分厚い装甲に阻まれ貫通出来ないが、あの櫓には彼らの目鼻、観測系統が集中しているはずだ。
そこに打撃を与えれば、たとえ撃破は適わなくとも、足止めは出来る、と。
だが、この考えが甘かった事を、藤見はすぐに知ることとなるのだ。