遠雷の様に低く響いている唸りが急にその調子を変えた。
怪物が浮走機関の推力方向を切り替えたらしい。
先の攻撃から山上の砲の位置を割り出し、回避運動に入ったのだ。
土煙の方向が変わり、藤見達から見て右側方の速度要素を加えた事が分かる。
山上に、木々に紛れてこれほどの火砲を持ち込んでいるとはさすがに予想外であったようだ。
さもなければ、無防備に前進して来たりはしなかったであろう。
正にしてやったりだ。
相手もあれほどの図体ならば、何らかの対処法を持っている可能性が大きい。
それでも回避に転じたという事は、先の攻撃が相手にとって決して無視し得ないものであった事の証左であろう。
実のところ、徹甲焼夷弾は幾らも持って来ていない上、動甲冑では行進間射撃が出来ない為、動目標の追従ではどうしても攻撃に集中しきれない。
あの初撃が精一杯の強がりであると言ってしまっても良い。
だが今の所、向こうがそれを知っている訳が無い。
後は、それが「バレる」まで、装甲妖怪や死霊武者を倒しまくり、時間を稼げれば良い・・・。
静寂と時折聞かれる電子音、そして状況を淡々と伝え合うのみがこの部屋の常であった。
が、今や正副合わせ八台の電信台から流れ込む、各地の混沌に満ち溢れていた。
既に各地の駐屯兵力に加え、恵亜須(えあーず)や各方面の航空隊が迎撃に当たっているが、その効果は芳しい物ではなかった。
「やはり、通常の戦力では歯が立たないか・・・。」
轟天頑駄無が幾つもの情報映示板に目を通しつつ言う。
各鎮台には、既に功城用巨大火砲・『空零』の準備を進めさせている。
だが、奴等はどこを目指している?
何を目的に動いている?
『空零』の移送は専用輸送台車を二列重連にした戦車牽引車にて引かせるが、それでも時速四十Kmが精々だ。
先手を打たねば意味が無いのだ。
「そもそも、連中、どっから入った?」
副将軍流星が不意に口を開く。
「皆目分からん。」
轟天が映示板に目を落としたまま言う。
「分からん、って、轟天殿・・・。」
「沿岸の警護網と交戦するまで、奴等は天宮近海を固めるあらゆる網にかからなかった。
となると、何か大規模な呪術の行使も想定せねばならんが・・・。」
「あの黒雲自体、呪術の色が濃厚だ。今は月光の情報待ちだが。」
昨晩の天宮全体の呪場は、妙に静かだった。
何も無かったなら、それはそれまでの話であったが、事ここに至っては何か大掛かりな隠蔽工作であるとの見方も必要だ。
既に轟天は水軍に命じ、天宮領海に非常警戒体制を敷かせている。
投入した戦力には、三隻の戦艦、老艦とはいえ、今だ三国最強の『砕悪鋭(くあず)』型戦艦、『覇道和(ばどわ)』、『光炉波(ころな)』、それに退役し、改装中であった『時隠(じおん)』までもが含まれる。
「だが、このまま後手後手に回り続ける訳にはいかん・・・。」
「こちらが打って出なくては、か。」
「勿論、それもそうだ。だが、奴等の動きには、全く戦略的な意図が見えてこない。
それに、『天ノ島』も放っては置けない。我々は今、あらゆる点で後手に置かれているのだ。」
「・・・せめて、今戦っている連中だけでも何とかしてやらんと・・・。」
そんな轟天と流星のやり取りを、大将軍弓銃壱は黙って聞いていた。
彼の目は、中央の大映示板を射る様に見据えたまま動かない。
幾つもの小画面に分割されたそこには、彼の故郷、不論帝悪の苦境も中継されていた。
藤見は、怪物の「頭」の後方に二基、縦並びに据えられた主砲の動きを目で追う。
怪物が回避運動する間も、藤見等に向けて僅かずつ旋回している。
「二番、三番砲、六時方向。四番はさっきの位置に戻れ。五番、七番は・・・」
藤見は、各砲に回避の指示を出す。
冷静かつ、自信に満ちた口調は変わらない。だが、面頬に隠れた顔には汗が浮いている。
藤見は苦戦していた。
巨大な艦砲は、動甲冑の動きには追従できない。
だが、狙っているのは彼等ではなく、山そのものだ。
(畜生・・・、あと三十分も有ったら・・・)
山が消し飛んじまう。
藤見はその思考を飲み込んだ。
彼等はこの合戦の要なのだ。
寄せ集めの小集団に過ぎない彼等が、曲がりなりにも倍近い戦力相手にここまで持ちこたえたのは、最高の位置に砲を据えた藤見達の功が大きい。
例え土塊と共に消し飛ばされても、テコでもここを動けない。
既に、藤見等の周囲の斜面には幾つもの大穴が穿たれていた。
怪物の四門の主砲が、休む事無く彼等を炙り立てる。
『隊長!・・・砲指揮所を!・・・狙っては?』
無線の向こうから、隊士の雑音交じりの声が飛び込む。
「ああ、そのうちな!」
怪物の檣楼には、砲撃の管制を行う部署が設けられているはずだ。
そこを潰せば、砲撃は止むだろう。
弾が徹る場所は限られているだろうが、超精密同期射撃なら、当たらない事は無い。
当初は、藤見も残りの徹甲焼夷弾を用いて、可能な限り早くそれを破壊し、怪物の攻撃能力を奪う事を考えていた。
砲の移動やら管制機構の同期やら諸々の手筈に数十秒必要だが、手際良く運べば森への援護射撃の合間に十分可能との目論みであったのだ。
だが。
「一、四、五番、現状の目標に砲撃続行。二番三番、『猛爆』装填、統射用意。」
『二番、『猛爆』装填、統射体勢。』
『三番、『猛爆』装填、統射体勢。』
通称『統射』。先の超精密同期射撃でも用いていた、複数砲を単一の管制下に置く統制射撃である。
藤見の兜の映示板には、二番砲、三番砲、二門分の照準要素と砲姿勢指針とが表示される。
「・・・構え!」
藤見が甲冑の袖から展開した引き金を引き絞る。
大仰角を取って射出された『猛爆』は、高空で幾つもの小爆弾に分離し、その一つ一つが安定板を展開して目標目掛けて落下する。
目標は、森深く侵入してきた敵装甲妖怪部隊。
そう、当初想定していた防衛線は実にあっけなく抜かれてしまったのだ。
「お陰で大繁盛だ・・・。」
ぼやきながら次の指示。二、三番砲、再び単射体勢。六、七番砲の砲身冷却が完了。
怪物が能動障壁を拡張したのだ。
最大熱量を下げ、範囲を広げる。決して有り得ない事ではなかった。
その最大効力範囲は思いの他広く、藤見等に駆逐された一部の部隊を除き殆どの敵兵力は障壁圏内に後退。
森の辺縁に沿って移動する怪物の動きに合わせ、ろくな被害を出さぬまま布陣を完了、隊を成して森へ侵入を果たしてしまった。
「二、七、八番、『猛爆』用意。遊動範囲を転送する。」
さっきから三十近い数の目標が代わる代わる映示板に現れては消えている。
(頭が変になりそうだ・・・。)
奇襲にて出鼻をくじく、という策は完全に失敗した。
結果、足並みの揃わない敵を茂みに潜んで各個撃破する筈が、逆に統制立った敵部隊に森から追い立てられる、という有様である。
前線のそこかしこに潜んでいた猟兵部隊からは矢継ぎ早に援護射撃の要請が舞い込み、その口調も悲鳴から絶叫へ移り変わりつつある。
能動障壁の熱量が落ちた今なら、檣楼をより確実に撃ち抜ける。
だが、その暇(いとま)がもはや無い。
「全く、何て様だ・・・。」
藤見は部下に聞かれないよう、小声でつぶやく。
自嘲である。
砲を預かる自分が、砲を活かせない状況を見抜けなかったのだ。
無論、見抜いていたからどうにかなる状況ではなかったのかも知れないし、結局はこのような泥沼の戦闘になったのかもしれない。
だが藤見は、無根拠な自信に頼り、敵を甘く見ていた自分が情け無く思えてならなかった。
「だが、このまま・・・!」
『これまでだ、藤見。』
「役士摩殿!?」
このまま終わらせてなるものか、という藤見の言葉は、迎撃部隊総大将 役士摩
大那に遮られた。