『三・嘲火』へ


大蛇

七月十四日 〇七〇九時
爆火炉忍亜山上 滑腔砲陣地

 役士摩(えきしま)の言葉は、本陣からの直通有線回線によるものだ。

 「役士摩殿!何を仰せか!確かに我等は今、劣勢に置かれております!

  されど、我等がここを退いたら・・・!」

 『・・・不論帝悪(ふろんてぃあ)の民の避難が遅れている。悪い事に、街道筋で事故があったとかでな。

  避難完了まで、後一時間は掛かるだろう、との事だ。』

 「!」

 『藤見、我等は引かぬよ。領地よりも何よりも、何を引き換えても民を守るのが武士の勤めだ。

  時間が無い、簡潔に申し渡す。我が勢はこれより・・・、』

 藤見は次の言葉を聞いて、一瞬声が詰まった。

 『・・・総員を以って敵移動兵器に対し突撃を敢行する。』

 「は・・・は!」

 捨て鉢同然の肉薄攻撃である。

 確かに、最早まともな策は残っていない。

 藤見自身、失策に気付いた時から己が真っ先に飛び出す事を考えていた。

 だが、思慮深く、常から部下を労わる役士摩がそれを口にするとは思っても見なかった。

 「実の所・・・、私には始めからこうなる事が分かっていた気がするのだ。

  私は、指揮官として最低かもしれん。」

 「否!民を守る事こそ守護職のお役!その為の戦に一命を賭す事こそ我等武士の本懐!喜んでお供仕る!」

 「藤見、貴殿には最も辛苦を伴う大役、勤めてもらうぞ。」

 「はは!」

 その役は、確かに藤見にとっては死よりも辛き苦しみであった。

同日 〇七一五時
爆火炉忍亜山上 仮設本陣

 具足所役が幾人も役士摩の甲冑に取り付き、換装作業を進めていた。

 先程までは指揮機能を優先した装備が取りつけられていたが、それを最前線で戦う為の物に換装するのだ。

 丸みを帯びた装甲を幾重も纏った全身に、更に火器や補器類を接続する。

 力場機構・正常駆動
 爆燃噴進主機・予熱状態
 冷却経路・通常運転
 ・・・・・・・・・

 特徴的なのは、左下腕部を覆い、更に前後へ長く伸びた巨大な火砲だ。

 役士摩式烈閃光砲(エクサイマ・レーザカノン)。

 半導体などの加工に用いられる単相光照射器の原理を応用した高熱量兵器だ。

 腰には、巨大な大型戦闘刀剣を佩(は)いている。

 そして、兜を被り、胴の側と接合。長大な錏(しころ)が背面まで覆う、特異な姿。

 灰緑色の地に朱色で細く炎を纏った塗り分け。

 鍬形の図案は「赤い瞳の大蛇」である。

 戦闘動甲冑『炎玉』。

 役士摩家の特注品で、部分的に特化された能力は主力動甲冑『璽武参(じむすりー)』をも上回る。

 支度を終えた役士摩の左右には、役士摩家選抜きの豪の者より成る親衛隊『七本槍』が動甲冑を纏い居並ぶ。

 彼等の甲冑は、瞬刃隊仕様の璽武参とほぼ同様だが、主君の甲冑に合わせ肩や兜に丸みを帯びた装甲を用いている。

 役士摩は、彼等、一人一人の顔を見る。

 彼等に言葉は無く、ただ頷くのみ。

 「では、参ろうか。」

 役士摩は静かに言う。

 全員、戦馬に騎乗。

 山頂に程近い陣幕から、南側斜面を望む。

 先頃、ここでは山滑りが起きた。

 直下百m程まで木々がなぎ倒され、急角度に削ぎ落とされた山肌が剥き出しになっている。

 滑走路、と言うほど上等ではないが、十分な助走距離だ。

 ここに陣を据えたのも、内心、このような事態に備えての事であった。

 「勢!」

 役士摩の号令と共に、一斉に駆け出す。

 各々、背の指物をはためかせ、傾斜角五十度にも達する急斜面を臆することなく駆け下りる。

 浮き上がりそうになる後足を見事な手綱捌きで押さえつつ、魚鱗(ぎょりん)に陣形を組む。

 そして、切り立った岩棚から宙に踊り出た。

 動甲冑搭載の物より大出力の運動力制御機能によって、短時間ながら飛行が可能なのだ。

 各戦馬の鞍の後方に据えられた増加噴進機が一斉に火を吹き、急激に加速を開始。

 役士魔が共通回線を開き、名乗りを上げる。

 「不論帝悪守護鎮守大名、六代目役士摩頑駄無、甚衛門 大那(じんえもん だいな)推参!

  我と思わん兵(つわもの)共!いざ出で寄りて太刀を合わせん!」

 と同時に、前方の森から無数の銃弾、砲弾、対空矢が役士摩に射掛けられる。

 怪物の背部に無数にそびえる対空砲までもが役士摩に向き始める。

 「良かろォ!役蛇が一撃、眼(まなこ)に刻めィ!」

 役士摩は音声を上げるが早いか、戦馬の鞍を蹴り、宙に踊りあがる。

 そして、その長大な左腕を振りかざすと、機械の回転音の様な作動音が急激に高く鳴り響き、瞬時に金切り声にまで高まる。

 その銃口を前方へ突き出し、全身を巧みに捌き、中空で構え、

 「蛇炎裂閃洸!」

 正に眼を焼かんばかりの閃光と共に爆音が轟いた。

 役士摩の気合と共に、その銃口から怪物まで一直線の領域が煮えたぎり、破裂したのだ。

 森は半円状に焼けて消えうせ、そこに在った物、銃弾も矢も妖怪も戦車も、全て解け爆ぜた。

 彼を狙っていた対空砲の数基までも、泥の様に崩れ沈黙した。

 役士摩が戦馬に降り立ち、銃身に陽炎を纏わせた列閃光砲を頭上に掲げる。

 同時に「七本槍」が戦馬に収納していた合図旗を展開し万柄(よろずがら)を作動。

 一瞬、金属の結晶化を見るような動きを見せた画素は、次の瞬間にはもう変化を完了した。

 図柄は紅地に鮮やかな橙色の『火』『它』。

 役士摩勢の突撃開始の合図だ。

 「征くぞォー!」

 オオオオオオオオオオ・・・・・!

 役士摩に呼応し、森から割れんばかりの鬨の声が響き渡った。

 中空を進む八騎の周囲には次から次へと将兵が集う。

 そして、浮走機と噴進機をふかし驀進を開始した。

同日 〇七二三時
爆火炉忍亜山 南西斜面

 「あれが、『不論帝悪の焔渡し』・・・!」

 深い茂みの間から、その男の目はそれを捕らえていた。

 そばに居た者は、何が起きたのかさえ理解できなかったであろうが、距離を置いたこの斜面からはその全容が見て取れた。

 光砲の先端から放たれたのは、殆ど不可視の、一条のか細い光束に過ぎなかった。

 だが、それは通過した大気に僅か数毫(もう)秒(数千分の一秒)の間に莫大な熱量を与え荷電粒子にまで煮えたぎらせ、

 爆発的に膨張した大気は周囲に閃光と熱と衝撃波の嵐を吹き荒れさせる。

 大気が吹き飛んだ後に刹那の間生じる真空中を、妨げられる事無く直進した光束は、更に遠間に至り、空気や物を無尽蔵に焼き尽くす。

 直撃すれば、鋼鉄などは無論、あらゆる物は霧と消え、白鋼さえ飴の様に溶け崩れよう。

 役士摩家をして、「焔大蛇」「役蛇」と呼ばせしめたその奥義。

 西国にて代々、「焔渡し」と呼ばれ語り草となっていたその技が、今、目の前で炸裂したのだ。

 闇帝王襲来時にも用いられたであろうが、彼がその目で見るのは初めてであった。

 凄まじい光景に一瞬我を忘れたが、直ぐに気を取り直し、十数人の配下と共に道無き樹林を分け進む。

 絡まり合う木の根を踏み越え、枝葉をめきめきとへし折り、木々の間に男の姿が露になる。

 藤見であった。

 そこからは、突撃する将兵等の姿が良く見えた。

 勇壮になびく指物。色鮮やかに染め抜かれ、風に膨らむ母布(ほろ)

 噴進機の吐出す超高熱に焦がされて電離した空気が羽衣の様に美しく流れる。

 焔渡しで一直線に切り分けられた森を、一群となって雄々しく突き進む。

 その頭上には、低空を滑るように馳せる役士摩達の戦馬。

 彼等の姿を、藤見は奥歯を噛み締めながら見送った。


同日 〇七一一時
爆火炉忍亜山 滑腔砲陣地


 『藤見、貴殿には戦闘離脱者の救助と彼等の撤退を援護する事を命ずる。』

 「は!・・・?」

 一瞬、何を言われたのか良く分からなかった。

 『藤見、貴殿は残るのだ。』

 役士摩がもう一度、念を押す。

 「そ、な!、役士摩殿!」

 『確(しか)と申し渡した。」

 「お待ちを!何故!何故に某(それがし)が!」

 足手まとい、だと言うのか?

 事実、今の藤見等の装備は遠距離火力支援に徹した物であり、

 雷火の如く速力と機動力を求められるであろう、突撃戦には全く対応できない。

 仮に付いて行ったとしても、その本領である火力は幾分も発揮できまい。

 藤見は、必死に何か言おうとした。

 是が非でも、付いて行きたかった。

 例え、死んでも良かった。

 (否!ここで死にたいのだ!

  ここで一矢報いず、ここで役に立てず、何が武士か!何が・・・!)

 先に役士摩が口を開いた。

 『藤見、貴殿が残ってくれるなればこそ、わしは安堵して赴けるのだ。』

 「役士摩殿・・・。」

 『既に戦う力を失った者まで犬死させたくは無い。森に残った者を無事に鎮台に連れ帰ってくれ。

 それに・・・貴殿ほどの策士で無くば、兵の立てなおしは任せられん。』

 「!?」

 『わしが不在の間、鎮台及び全軍の指揮は貴殿に委譲する。

  では、後を願う!』

 「役士摩殿!」


同日 〇七三五時
爆火炉忍亜山 南方斜面

 砲声。

 顎の下の急所を穿たれた死霊武者が、よろめき、くず折れる。

 煙を立ち上らせる砲身を無造作に背部に戻し、藤見は

 「行くぞ。」

 と、ぼつりと言い、呆然とする隊士達を促した。

 突然、木々の影から兇刃を浴びせかかってきた死霊武者に対し、

 藤見が背に収めた砲を抜き、構え、放つまでに、瞬き程の間しか無かったであろう。

 『速射』

 居合撃ち等とも呼ばれる、砲術の極意であり、その真価は、敵に避ける暇を与えずに討ち倒す、という物だが、今の迅さは異常だ。

 だが、隊士達を更に呆然とさせたのは、藤見の態度だ。

 普段の彼なら、哄笑と共に自慢の一つもしそうな場面であり、隊士達はそんな少々豪気に過ぎる彼しか知らなかった。

 互いに顔を見合わせながら、ざくざくと藪を踏み越えて早足に行ってしまう藤見を、彼等は慌てて追った。


 戦場の東端より順に、消耗し切り孤立した小隊を他の部隊と合流させる為の誘導と援護射撃。

 散り散りの軍勢をまとめつつ、自分等も徐々に移動し、斜面中に散らばった滑腔砲小隊を合流させ、山沿いに西へと逃れる。

 藤見は、ただ黙々とそれを実行した。

 それが、己に出来る最良の事であり、役士摩の命令であるからだ。

 否、命令ではない。頼みだ。

 (役士摩殿・・・、俺はこんな肩の凝る役、御免だ。

  早く、返上させてくれ・・・。)

 藪の向こうから、浮走機の音が近づく。

 識別信号確認。五番砲小隊だ。

 合流後、直ちに砲を展開し、援護射撃開始。裾野を撤退する部隊の脱出路を確保。

 (役士摩殿・・・。俺は、御免だからな!)

 藤見は見る間に遠退く『火它』と荷電粒子の羽衣を一瞥し、黙って采を振り下ろした。


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