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鑠鏃

七月十四日 〇七三一時
爆火炉忍亜山麓

 長槍―白鋼による立体多重積層回路を焼き込まれた、対装甲用重兵器。

 槍竿に内蔵された慣性力増幅機構と、穂に仕込まれた流体スパイクキャタピラ駆動による超音速の刺突。

 衝撃・負荷を吸収、変換。

 定方向成形放熱と収束衝撃波発振で鋼鈑をも易々貫徹。

 更に、その長大な竿に仕込まれた蓄積機構により、吸収した熱量を増幅。

 その真価は、敵深く貫徹し内部構造を衝撃波で爆砕させる事である。


 凄まじい反射・複合衝撃波と共に、周囲に破片がぶちまけられる。

 大型装甲妖怪が、全身に突き立てられた長槍に爆砕され呻き声を上げながら地に崩れた。

 耐久力と兵装搭載量を誇る『呪怪入道』を瞬時に仕留める為、突き立つ槍に倍する数の槍士が弾幕に斃れた。

 至近距離で衝撃波の魔破(マッハ)効果に巻き込まれた隊士が甲冑を寸断されて吹き飛ばされて行く。

 無数の敵味方の破片が降り注ぐ中を馳せぬける役士摩達。


 瞬刃隊仕様の璽武参は、戦闘刀剣の効果を最大限に発揮すべく、高機動化されている。

 背部・肩部・脛部に計六基装備された爆燃天抱桶(バーニアポッド)

 超高温、超高圧の推進剤噴射により弾丸の如く加速性能を発揮。

 力場機構の軽負荷化の為、火器兵装、装甲までも抑え、慣性質量を軽減。

 怪物じみた推力/質量比と推線変更能力が、彼等を極限の高速剣舞へ誘う。

 携えしは音に聞く名刀、『逗武九九六式』。


 四方八方から死霊武者や妖怪が執拗に追いすがり槍や銃砲、広域妖術を飛礫(つぶて)の様に役士摩達に浴びせ掛ける。

 外翼に陣取る瞬刃隊が、次々と爆燃天(バーニア)を激しく噴射し隊列から飛び出す。

 右に左に激しく急加速・急制動。

 噴射炎の残像が幾何学的な文様を描き、間断無く追撃する槍や火砲を紙一重に掻い潜る。

 瞬時に全身を縮め、身を捻りつつ跳躍。

 中空で推力軸線を一方向に集中し全力機動。

 瞬時に十m余りを飛翔し、妖術を放たんとする死霊武者を頭上から一刀両断に斬り伏せる。

 過熱した刀を冷却装置付きの鞘に収め、背中からいま一振りを抜き出しつつ、次の相手に刃をつける。

 彼等を待つ事も援護する事もせず、役士摩等は彼等を残して駆け抜ける。

 彼等は推進剤と刀剣を使い果たすまで太刀回る。自力脱出の道は無い。


 今の役士摩達は鑠鑠(しゃくじゃく)と輝く鏃
(やじり)だ。

 駆け抜ける程に、激しく、輝き、熔け、消える。



 数少ない情報に推測を交えて役士摩が結論した、『怪物』の巨躯に対抗すべく最後の策。

 それは、能動障壁の圏内、怪物の至近距離まで接近。

 その巨躯に直接侵入、内部より機関及び指揮能力を停止させる事である。

 無謀の極みだ。

 ここまでの強引な攻めで既に数十人が抜け落ち、今、五身満足に駆けられる将兵は当初の三分の二に満たない。

 だが、無謀であろうと無かろうと、ここに来て臆する者は誰一人とていない。

 わき目も振らず、『怪物』目掛けて突き進む。



 不意に、敵の群れが途切れ、周囲が開ける。

 そして、すぐ前方に何か妙な赤黒い塊のような物が横たわっている。

 ―距離七百―。

 赤黒く巨大で醜悪な花弁状のものが幾多も「鎌首」をもたげ、生々しい暗緑色の幹や蔓状の触肢が絡み合う。

 『鳳仙花』だ。

 それも、五体、十体では無い。

 生理的に嫌悪感を抱かせるようなそれが、群れを成し、生垣の如くひしめき合っている。

 『鳳仙花』は軟体動物の脚の様に発達した根を駆使し、巨体に似合わぬ機動性を発揮する。

 密集陣形にものを言わせ強引に突き進んでは来た役士摩達だが、周囲に散開していた鳳仙花が集合するだけの時間は充分に在った様だ。

 ―距離六百―。

 (くっ・・・。)

 役士摩は一瞬、逡巡した。

 ざっと数えて、三十数体。

 まともに相手をすれば、ここで全滅させられる事は必定。

 だが、回避に余計な時間を食われては、それこそ辺り中の敵に囲まれる事になる。

 (まともに・・・?)

 役士摩は遠視鏡を作動させ改めて群れを見遣る。

 ひしめき絡み合い、刺激に反応した無数の触肢が、うろうろと宙をのたくる。

 その様は「隊」という体裁で動いているようには見えない。

 『鳳仙花』は本来まともな思考は持っていない。指揮を執る妖(あやかし)遣いが居なければ、本能に従い周囲の血の通った生き物を攻撃し捕食するのみである。

 (あれだけの数が、この短時間に集合したとなれば・・・)

 妖遣いの統制が完全ではないのやも知れない。

 役士摩はそれに賭けた。

 ―距離五百―。至近距離。

 音を聞くのか、匂いを嗅ぐのか。

 役士摩達に反応した『鳳仙花』が一斉にざわめき始めた。

 頭部が威嚇せんが如く高く持ちあがり、真っ赤な花弁がめりめりと音を立てながら力強く開く。

 その中央の口からはしゃあしゃあと呼気を漏らし、ウニやヒトデを思わせる全周に牙を付けた口蓋がいっぱいに開かれる。

 そして、一気に放たれた。

 凄まじい勢いで中空を劈(つんざ)き散弾の如く吐き出された種子が、一瞬にして彼我の間隙を埋め尽くす。

 機動性を誇る瞬刃隊士はともかく、輝槍隊士は長槍に引きずられ、思う様に回避できない。

 最後の局面で怪物に直接攻撃を掛ける輝槍隊士を守る為、瞬刃隊士が盾となる。

 たちまちの内に幾人もの瞬刃隊士が撃破される。

 痙攣しているかの如く立て続けに被弾し、全身を四散させながら地面を転がって行く。


 「玄羽(げんば)、翔真(しょうま)!」

 「御意!」

 両脇に『七本槍』を従え加速し、役士摩が最前列に躍り出る。

 「オオオオオ!」

 役士摩の前方に構え、凄まじい勢いで短槍を繰り散弾を弾く玄羽と翔真。

 だが全ては止め切れない。己が身を盾に、役士摩を守る。

 草摺(くさずり)が落ち、面頬を割られ、四肢の装甲が次々と砕ける。

 そして、槍がへし折れた。

 同時に裂閃光砲・充電完了。

 「退けェ!化妖共ォ!」

 全力照射、蛇炎裂閃洸。

 瞬時に煮え爆ぜた空気が、軌跡上の全ての物を吹き飛ばす。

 生垣の様に絡む数体の鳳仙花を。

 浮走機で滑走したまま既に動かなくなった玄羽と翔真を。

 鳳仙花の生垣に大穴が開き、凄まじい熱量に炙(あぶ)られた周囲の鳳仙花が怯む。

 「行くぞォー!」

 オオオォー!

 将兵達が声を張り上げ、役士摩の戦馬を先頭に一気に穴を通り抜けんと、殺到する。

 だが。

 距離百を割り、正に生垣に突入する時、周囲の鳳仙花の様子が一変した。

 ふらついていた花弁がはっきりと役士摩達を見据え、動きのばらつきが無くなった。

 (妖遣い!)

 生垣の根元に、幾人もの術士の姿が見える。

 統制を立て直す為、前列で直接指揮を開始したのだ。

 妖遣いが手にした杖を振りかざす。

 役士摩達の左右にそびえる生垣から、鎌首をもたげるように触肢が引き絞られる。

 先程までの闇雲な様子は無い。完全に統制された動作だ。

 形勢逆転。

 何をする間も無い。

 次の瞬間、全周から時速百kmを越える速度で次々と繰り出される。

 先の散弾とは比較にならない質量を備え、その軌道は強靭な筋力で僅かずつ弧を描き変化する。

 もはや、瞬刃隊の機動力を以ってしても完全回避も迎撃も不可能だ。

 豪雨の様に降り注ぐ触肢が見る間に将兵等を打ち倒してゆく。

 胴に食らわば背板をも貫通し、盾で受ければ腕ごと吹き飛ばされる。

 かわしても、引き戻される触肢は不規則にのたうち、先端の鋸刃が周囲の者を叩き刻む。

 突入した六十名足らずの将兵等は誰一人として逃れる事は叶わなかった。

 生垣の厚さは、ほんの四十m程。

 全力で走行する動甲冑ならば、二秒と掛からず行過ぎる、ほんの僅かな距離。

 だが、二秒あれば十分であった。

 濛々と土煙が舞い上がり、そこに動くものはずるりと這い回る触肢のみ・・・。


 突如、閃光が沸き起こる。

 それに誰かが反応する前に、衝撃波が周囲に叩きつけ、千切れ飛ぶ無数の触肢と共に数旗の甲冑が飛び出した。

 爆燃天を吹かし、不意を突かれた妖使いが追撃を命ずる間も無く遠ざかる。

 役士摩は健在だった。

 兜の天辺や肩の装甲に大きな凹みがあるが、機能に支障は無いだろう。

 戦馬はつぶれてしまったが、甲冑単体でも充分な戦闘機動が可能だ。

 装備も失っていない。

 左腕には陽炎を纏わせる裂閃光砲。

 右腕に・・・、言切れた『七本槍』の一人を担いでいる。

 それをためらい無く後方に捨てる。

 盾代わりにしたのだ。

 地面を跳ねながら転がってゆく彼の両腕は肘から千切れ落ち、胸板は大きく陥没し砕け、剥き出した発電機が火花を散らす。

 兜も全身の装甲も無残なまでにひしゃげている。

 触肢が降り注いだ瞬間、『七本槍』が役士摩の周囲を囲み、直撃から守った。

 死んだ者さえ、主君の為に喜んで盾となる。


 逃げ果せた者は全部で八名。

 いや、二名の爆燃天が損傷のせいか、咳き込み始める。

 徐々に他の者との距離が離れてゆく。

 彼等はじき追撃を受けて、再び追いつく事は無かろう。

 全部で六名。

 その内、『七本槍』は二人だけだ。

 流石の手練も、主を守るのに精一杯であった。

 だが、彼等の執念の甲斐有り、ついに役士摩はここまでたどり着いた。

 超大規模な浮走機の暴風が吹き荒れ、舞い上がる砂埃。

 その向こうに、限りなく巨大な邪体。

 生垣を抜けたそこは、既に怪物の手前、五百m程であった。

 (やはり大きい・・・)

 勿論、その巨体に関する情報は一通り把握していた。

 それでも目の前にあるそれは、直感的に受け入れ難い程に巨大に思えた。

 脳裏の片隅に押し込めていた『無謀』という言葉が頭をもたげる。

 それを再び飲み干し、音声を張り上げる。

 「全旗、突入用意!」

 裂閃光砲を怪物の脚部、くるぶしの辺りに照準。

 映示板に赤い警告灯。

 裂閃光砲 冷却系統 過熱・過負荷警報。

 いや、警報されるまでも無く、役士摩の左腕には不吉な響きが伝わってきている。

 全力・長時間照射を、もう幾度繰り返した事か。

 通常は、裂閃洸を二度程使えば砲身交換、三度も撃てば分解整備を要するのだ。

 もうとっくに限界に達している。

 (まだだ!奴等を犬死にしてなるか!この一撃だけで、いい!)

 「掛かれェ!」

 叫びと共に、裂閃洸を放つ。

 沸騰した冷却液が管を破って爆発した。

 同時に生き残った全員が、刀を握り締め、長槍を槍懸に接続し、弓に徹甲矢を番え、

 一斉に地を蹴ってその一点に飛びかからんとする。

 その時

 恐ろしい事が起きた。

同刻
爆火炉忍亜山 西南西斜面

 生存者の脱出と、その援護射撃、残存兵力の集結と撤退準備に追われつつも、藤見は『怪物』とそれに立ち向かう役士摩等から目を離してはいなかった。

 そして藤見には、遠距離からでもそれがはっきりと読み取れた。

 異変は瞬間的なものだった。

 怪物の体が僅かに沈んだように思えたのだ。

 役士摩が放った光激が効果を及ぼしたのか?

 だが、その次の変化は、想像を絶していた。

 空気を震わす、割れ銅鑼の如く轟音、

 足元を突き上げ、叩き落す激震、

 周囲の隊士が転倒し、斜面を転げる。

 辛うじて膝を突き凌いだ藤見が見たものは、

 中空に舞う・・・怪物。

 跳躍したのだ。

 「な!」

 豆粒の様に見える将兵達がことごとく弾き飛ばされる。

 いや、そんな生易しいものではない。

 全長二百mを越す物体が、瞬時に動いたのだ。

 浮走機によるそれの比ではない強烈な気流が巻き起こり、近くに居た者のことごとくを紙屑の様に舞い上げ、吸い上げ引きずり込み、竜巻の如く宙に巻き上げた。

 「役士摩殿!」


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