『六・忌業』へ


爆身

七月十四日 〇七四五時
爆火炉忍亜山麓

 放物線の頂点は既に過ぎ、落下の勢いが増していた。

 撫膳
(ぶぜん)の胸板を蹴って役士摩(えきしま)が中空に離れる。

 撫膳は開いた両手で深手の遥鐘
(ようしょう)を担ぎ上げ、爆燃天(バーニア)噴射で減速し、着地。

 その隣に役士摩も着地。

 三人は一様に土煙に巻かれた『怪物』を見上げる。

 彼らは『怪物』の視界から逃れるように、その四時方向へ回りこんでいた。

 背中に目玉があっても何ら不思議は無いが、どうやら今の所は、頭部の四つの目だけでしか見ていないように思える。

 「撫膳、使え。」

 役士摩が右手に持っていた太刀を撫膳に差し出す。

 彼の右手はもう太刀を振えないし、これから行う策には必要無い。

 「ありがたく。」

 太刀を左手で受け取り、右手に持ちなおし、二、三度振って慣らすと、遥鐘に肩を貸して立ち上がらせる。

 「いざ。」

 うむ、と頷く役士摩。

 遥鐘の顔を見る。

 「参りましょう。」

 うむ、と頷く役士摩。

 「行くぞ!」

 成否問わず、これで決着となる。

 顎を引き、身を低く構え、足を張る。

 浮走機・全力運転、擬似空力殻・最大密度。

 推力全開。

 鮮やかな電離気体の奔流が瞬時に迸り、三人を三条の弾丸の如く突き動かした。

 すぐさま、周囲で幾つもの『針鼠』が弾け、彼らの姿を眩く煮えたぎる風雷妻
(プラズマ)で覆い尽す。

 『怪物』が背後から向かい来るその『塊』に気付いた。

 四本の脚を巧みに捌き、振り向きざまに鉤手を薙ぎ払う。

 一瞬にして鉤手に掃かれた無数の『針鼠』が炸裂、周囲は光と荷電粒子に埋め尽くされ、何も認識できなくなった。

 真っ白く染まったそこを、怪物は四つの目で訝しげに凝視する。

 手応えが無かったのだ。

 周囲に輪郭が戻りはじめる。

 そこに、役士摩だけが地面を踏みしめて仁王立ちになっている。

 裂閃光砲の外装の一部が音を立てて開き、砲と一体化していた左手の拘束が一部開放され、指先が露出する。

 右手を刀印に構え、左の二本の指を何事か描くが如く中空に滑らせつつ、朗々と詠唱を始める。


 「我より出でし連なり壱百弐拾八百万の空虚、我が理
(ことわり)の元に顕現し我が『メイ(命、名、盟、銘、謎・・・)』を聞け!」


 声の韻律と同調し、指の軌跡が始めは微かに、次第にはっきりと明滅を始め、虚空に浮かんだ光の軌跡が幾多もの法印を形作る。

 詠唱ははっきりと発声され続けているが、徐々に言葉として聞き取れなくなる。

 言語中枢で構築した情報を出力する為の論理言霊に移行したのだ。

 この世ならざる何事かをつぶやきながら右手の刀印を小刻みに切ると、法印の各部が機械時計を思わせる精緻な運動を始める。

 莫大な『心力』(精神力)が法印の間を循環し、周囲の分子に干渉を始める。

 左手は更に動き続け、法印は次々に書き継がれ、継がれる側から動き始め、

 次第に動きを速める法印が周囲の分子に干渉を始める。

 だが、黙って術の完遂を待つ『怪物』ではない。

 一歩踏み込み、鉤手を振り上げる。

 「こっちだ化け物!」

 撫膳だ。

 何時の間にか、中空高く撫膳が舞っている。左肩には遥鐘がしがみつき、二人とも背部の主爆燃天
(メインバーニア)を噴射している。

 遥鐘の体が離れる。

 身軽になった撫膳は鋭く爆燃天を閃かせ軌道偏向。『怪物』の頭上高くまで瞬く間に至った。

 太刀を逆手に左手を柄に添え、大きく背を反らせる。

 「蛇蛟衝天舞
(じゃこうしょうてんぶ)!」

 磁重錬威多
(ジェネレータ)出力制限開放、膨大な電力を受けて白鋼の刃が真っ白く輝き、機械的な振動が大気を鳴動させる。

 先程、『怪物』肘を捉えた『雷徹閃』は痛手には至らなかったが、手応えはあった。分厚い装甲も今や半減しているはずだ。

 『怪物』が、その意図に気付いた。鉤爪が恐ろしい速度で振り上げられ、その軌跡が鞭の様にしなる。

 だが、

 (そいつを待ってた!)

 爆燃天全開。重力も味方に付け、撫膳の体が雷霆の如く『怪物』へ撃ち放たれる。

 「てぁぁぁぁ!」

 『怪物』がその巨体を信じ難いほど正確に操り、撫膳の未来位置を叩き掃わんと鉤手の軌道を曲げる。だが兵法の基本はこうも説く。

 (正確な程、読みやすい!)

 真っ直ぐ『怪物』の肘へ斬り込むと思われた撫膳の体が僅かに傾き、軌道が変わる。

 怪物の鉤手がそのすぐ脇を掠め、直後、鉤手に引き分かたれた真空の狭間に周囲の空気が殺到する。

 そして、一度は軌道がそれた撫膳の体が、気流に導かれて『怪物』へと急接近する。

 「もらったァァ!」

 衝撃音と連続的な爆裂音。

 撫膳が肘の破口に身体諸共に太刀をめり込ませた。

 膨大な余剰電力により切先に形成された電磁圧壊場が構造材を抉り、吹き飛ばす。

 「グォォォォォァァァァァァァ!」

 獣の様に吼えながら太刀に力を込める撫膳。

 限界を超えた超高電圧が、甲冑の電気絶縁を破り撫膳の体を焦がしている。

 だが、太刀をますます強く握り締め、体重を掛けてめり込ませる。


 ギェェェェェェ!


 『怪物』が、忌々しげな声を捻り出しながら腕を振りまわし、肘に突き刺さった虫けらを振り払わんとする。

 その隙に、

 「ムン!」

 ばぁん、と、乾いた破裂音。

 役士摩が両手で印を結ぶと同時に、複雑に展開した法印の前の虚空に、突如として直径四mはあろう球雷が発生した。

 役士間の顔を大量の汗が流れている。息が荒く早い。

 体力的にも限界に近い所に、全精力を注ぎ込まんばかりの大術法を構築しているのだ。

 心臓は暴れ太鼓の様に悶え、脳が荒縄で締められるような錯覚を覚える。

 『怪物』が再び役士摩に矛先を向ける。撫膳が突き刺さったままの右手を、役士摩に向けて薙ぎ下ろす。

 「・・・。」

 役士摩は逃げなかった。

 構築中に動かせる様な安定した法陣ではない。

 『怪物』が、体を乗り出して鉤手を伸ばす。

 巨躯の前面で大量の『針鼠』が炸裂。だが羽毛程にも感じていないだろう。

 右足を踏ん張り、肩が大きく振り下ろされ、次いで肘が伸びて・・・。

 肘が伸びきらない。

 不自然に肘を曲げたまま、鉤手が役士摩の目の前の地面を叩き抉った。

 度重なる肘への攻撃が、終に功を奏したのだ。

 そして、『囮』の役士摩の目の前に鉤爪を深く突き立てた。

 「殿ォ!」

 血路、見えたり。

 役士摩は左腕を大きく振り上げ、掛け声と共に振り下ろす。

 「雷電爆撃!」

 法陣が閃光と共に飛び散り、解き放たれた球雷が凄まじい勢いで空を貫く。

 その軌跡を起点に、周囲の『針鼠』のことごとくが一斉に誘爆、

 瞬時にして、周辺は太陽に放りこまれたかのような閃光と高温に支配される。

 『針鼠』は、豆粒のような機械と、それを寄代とする制御術法で寄り合わされた風雷妻の塊だ。

 それが、球雷を形作る強磁場に機能を狂わされ、直接衝撃を受けるまでも無く爆ぜたのだ。

 役士摩の全身が灼熱の奔流に飲み込まれる。

 視界が利かなくなる一瞬前、撫膳が怪物の肘から転がり落ちたのを見た気がした。

 間を置かず肘に着弾。凄まじい爆音と大量放電によるじりじりという音が轟き渡る。

 「今だ!」

 「遥鐘!」

 二人が天を見仰ぎ見る。

 閃光にぼやけた人影。

 遥鐘だ。

 撫膳を中空に持ち上げ、そのまま目立たぬよう最小動力で滑空していたのだ。

 片の瞳が、かっ、と見開かれ、雄叫びを上げる。

 「オオォォォォ!」

 主爆燃天、全力噴射。

 巨大な大太鼓の如く衝撃音が、四方を振わせる。

 踏み尽くされた荒野を、黒煙を燻らせる森を、

 役士摩を、撫膳を、打ち振わせる。

 「行け!」

 黒焦げの口が叫ぶ。

 「行けェェ!」

 蒼くなった唇が叫ぶ。

 電離気体の羽衣を曳き、力強く加速。見る間に『怪物』の右脇に肉薄。

 周囲に大量に漂っていた『針鼠』は誘爆によってほぼ全滅している。

 閃光と電磁障害は、瞬間的ながら『怪物』の視野から遥鐘を覆い隠している。

 巨大な腕は、雷電爆撃により不調を決定的にされ、食い込んだ爪を引き抜くのもままならない。

 跳躍して逃れる事も間に合わない。

 『怪物』のくるぶしに、黒く開いた破口へ、一直線に・・・、


 ゴキッ


 微かな音であった。

 だが、妙にはっきりと二人には聞こえた。

 『雷電爆撃』で砕かれた外装の、二m四方程の破片。

 それが、全力で加速していた遥鐘の首筋にぶち当たった。

 噴射が、ぴたり、と停止し、体がゆらり、と揺れ・・・、

 撫膳が何か叫びかけた。

 役士摩が目を剥いた。

 その時。

 衝撃音が、蘇った。

 遥鐘の爆燃天が噴射を再開した。

 勢いを失いかけた身体は再び力強く加速し、黒い穴へ吸い込まれて行き・・・。

 くぐもった爆音が空気を震わした。


 ギェェェェェェェェェェェェェェェ!


 『怪物』が叫びを上げる。

 その姿勢が、明らかに傾いて行く。

 金属が軋む音が幾重にも響き渡り、炸裂音や何か気体が噴き出す音が混ざる。

 遥鐘が背負っていた炸裂矢一八発が一斉に爆発し、穴蔵の様になった破口の内部で逃げ場を無くした爆圧と高熱が、

 穴の底の装甲を吹き飛ばして内部深くに至り、関節を動作不能に追い込んだのだ。

 更に、今まで『怪物』の肉体と化して無理に無理を重ねてきた『艦体』の足回りが、偏った負荷に一斉に悲鳴を上げたのだ。

 全ては、爆発からほんの十秒余りで進行した。

 何かが激しく打ち当たる重々しい金属音を最後に、傾きが止まる。

 一瞬、全ての音が消え去ったかのように思えた。

 「やりおったわァ!遥鐘ォォォ!」

 仰向けに転がった撫膳が音声を上げる。

 「・・・奇跡・・・!?」

 役士摩が呆然と呟く。

 あらゆる事象を見極め、的確な判断を行うべく指揮官という立場から、彼は『奇跡』という言葉を避けていた。

 だが、目前で起きた事は、正に『奇跡』としか言い様の無いものであった。

 何故なら、あの時・・・、

 ・・・遥鐘の首は、胴から離れて飛んでいたのだ。


 心力の極度の低下もあり、一瞬、集中が途切れた役士摩は、その兆候に気付かなかった。


 ギャエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!


 「おおおっ!」

 『怪物』が一瞬、何倍にも膨れて見えた。

 背筋の皮を貫き、凍てついた針が無数に飛び出でる様な錯覚。

 凄まじい殺気が、『怪物』から迸った。

 気を張るのが遅れた役士摩は、殺気をまともに浴び、体がぶるると振え硬直する。

 間髪容れずに『怪物』が動かなくなった右手を引き抜かんと、左腕と残った3基の脚を力任せに突っ張る。

 「・・・!」

 大きく捲れ上がった地面が役士魔の足元を突き上げ、立ち尽くし成す術も無いまま、宙に放り出す。

 右前脚が地面を大きく捲りながら引き摺られる。

 そして、右脚の前に転がっている・・・。

 (撫膳!?)

 大の字の転がった撫膳はぴくりとも動かない。

 その体は冗談の様に黒焦げになっている。

 (逃げろ!撫膳!)

 口を開き、言葉を出す間も無かった。撫膳の姿は土塊に飲まれ、そして、その場を巨大な脚が掻き抉った。

 同時に、すっぽ抜けた鉤手が、

 (!)

 勢い余って分銅の様に迫ってくる。

 身体が動かない。咄嗟に爆燃天噴射で、回避・・・、

 できない。

 映示版に、幾つもの『異常』『機能不全』の表示と、耳障りな警報。

 動甲冑『炎玉』の冷却経路は、左腕の烈閃光砲のみに集中されていた。

 先の『針鼠』の激しい誘爆に晒され、耐え切れなかった全身至る所の装甲が熔融し、駆動部もあらかた破裂している。

 「うおおおおおおおおお!!」

 身動きが取れないまま真正面から巨腕とぶち当たり、凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。

 何とも言い難い、ぐしゃり、という重なった音が体内から聞こえた。

 体の感覚が、もはや無い。

 どこに当たったのか、どこから落ちたかも良く分からない。全身が砕け散ったかにすら思えた。

 だが、思考は途絶えず、見開いたままの瞳に『怪物』の姿を見ていた。

 己が振り回した右腕に大きく体勢を崩し、そのまま右に倒れそうになる。

 左腕を地面に打ち込み、ようやく踏み止まる。

 右腕と右脚を潰されて、体の調和が上手く取れていないその姿に、重傷を負いながらもニヤリ、と笑う役士摩。

 (してやったり、だな、・・・・・・否、)

 否、甚大な犠牲を引き換えにようやく得た、ちっぽけな戦果だ。

 役士摩は時刻表示を見る。

 <〇七四九時>

 『怪物』のあの様子では、爆火炉忍亜山
(ばびろにあさん)を越えるのは、ままならぬ事であろう。

 不論帝悪
(ふろんてぃあ)の民の避難も無事、完了できるはずだ。

 時間稼ぎはどうやら成功したわけだ。

 それに・・・

 視線を『怪物』に戻す。

 右脚と右腕を引き摺りながら、役士摩に尚も追い討ちを掛けようと向かってきている。

 異常なまでの執念と殺意。

 己を傷付けた虫けら共の息の根を止め、形を止めなくなるまで打ちのめさねば気が済まぬ、といった様子だ。

 あの『艦』が『怪物』になった時、既に不論帝悪などどうでも良くなっていたのかもしれない。

 (好きにするが良いわ・・・。)

 役士摩は抵抗を放棄し、全身の力を抜いた。

 (守護職の責任としては、もう、充分であろう・・・。)

 その時、水の様に脱力した全身に、左腕だけが固く、妙に重い事に気付く。

 左手を見る。

 役士摩式烈閃光砲
(エクサイマ・レーザカノン)

 まだ、千切れずに付いていたのか。

 否、損傷は激しいものの、今の全身の状態よりは遥かにましだ。

 強引に融通していた冷却経路が役に立ったのか。

 ずどん、という『怪物』の足音、いや、全身に響く振動。

 それを意識の外に感じつつ、烈閃光砲をじっと見つめる。

 ずどん、と、一歩近付く『怪物』。

 「・・・『不論帝悪の焔渡し』、か。」

 ずどん、と、近付く『怪物』。

 もう、視野に全身が入りきらない。

 役士摩は、仰向けのまま、やおら左腕を振り上げ、『怪物』の眉間、高く伸びた角状の部位へ向ける。

 「黙ってなぶり殺しにされるてやるほど、安い名でも無かったな・・・。」

 『六代目役士摩頑駄無』。

 『西国の火蛇』。

 左腕の重みは、代々引き継いだ二つ名の重み、

 この『名』の元に集い、命を捨ててくれた、数十、百人もの武士達の霊と肉の重み。

 そして・・・、


 烈閃光砲、動作制限機構解除。


 やかましく明滅していた幾つもの警報表示が沈黙する。

 これで、破損も過熱もお構い無しに充填・発砲が可能となる。

 「そうとも・・・。」

 脳裏に、藤見矢次郎との別れ際の会話がよぎる。

 討死を切望していた、悲痛な声。

 (責任も役目も関係無い。死ぬ事など構わない。戦いたいのだ、最後まで!

  最後まで誇り高く、武士で居たい!)

 そして、左腕の重みは、己自身の誇りの重さだ。

 あの忌々しい一本角を道連れにしてやる。

 あれは恐らく、能動障壁の中核的機構だろう。

 上手く行けば、程度はどうあれ、障壁は減衰するはずだ。

 (最期に、『奇跡』に掛ける羽目になったか・・・。)

 制限機構を外せば、充填して、発砲する事は確かに可能だ。

 だが、それは、今の状態では万に一つの事だ。

 撃てたとて、充分な威力が得られないかも知れない。

 いや、充填中に暴発し、木っ端微塵に吹き飛ぶ事の方が、余程、分が大きい。

 だが、それでも役士摩は賭けてみたかった。

 役士摩は震える右手で体を支え、裂閃光砲を大きく振りかぶり、堂々とかざす。

 「我が分身、我が道連れ、烈閃洸砲よ、さぁ、最期に見せてやれ!」

 磁重錬威多
(ジェネレータ)出力制限開放。

 胸部に内蔵されたそれが金切り声の様に高く鳴り響き、残された全てが、左手に集まって行く。

 引き裂けた口が、凶相を湛えた眼が、もうすぐそこに迫っている。

 厚い断熱材を通して光砲の過熱を感じる。機関が異常な振動を起こし、骨までビリビリと振わせる。

 暴発の兆候・・・。

 「・・・『奇跡』を!」

 左手を振り下ろし、『怪物』の眉間へ。

 引金に力を込める、

 正にその時であった。



 『紅蓮
(ぐれん)―――爆身砕(ばくしんさい)!』



 その声は、一陣の稲妻の様に、その場の、否、戦場全ての、あらゆる音あらゆる声を圧して遍く響き渡り、

 誰もが声の主を求めて、その方向を仰ぎ見る。

 全てを忘れ、死の淵に立った役士摩でさえ。

 そして驚愕する。

 巨大な、『怪物』の頭ほどもある真っ赤な光の塊が、正に『怪物』の横面にぶち当たる瞬間であった。

 もはや、音ではなかった。

 破壊力を伴った空気の衝撃が、衝突の中心から球状に広がり、全てを薙ぎ払った。

 座り込んだ姿勢だった役士摩も、上体を背後に激しく叩き付けられ、うめきを漏らす。

 一瞬、耳が潰れたかと思った役士摩だが、次いで、更に驚嘆すべき光景を見る。

 『怪物』の巨体が、またも宙を舞っている。

 否、赤い光に、吹き飛ばされたのだ。

 「な!」

 眼を剥く役士摩の前から飛礫
(つぶて)を放るように離れて行き、数百m離れた所で地面を削り、滑りながら転がる。

 聴力を失っていない事を思い知らすが如く、巨大な質量の金属が打ち鳴らされる、とてつもない轟音が耳を貫く。

 破壊的に波打つ大地に翻弄されつつ、役士摩は折れた腕で辛うじて上体を押し上げ、光の主を見上げた。

 真っ赤な光の塊がその身を一振いすると、赤い光は鱗が舞い散るように失せ、その下から透明感のある金色の光が溢れ出る。

 そこに存在したのは、光に包まれた甲冑姿の男だ。

 甲冑、と言っても、『炎玉』や『璽武
(じむ)』より二周りも巨大で、ありふれたもので無い事は見た目だけでも明らかだ。

 全身を、純白を基に深紅・鮮蒼・黄金で、鮮やかに煌びやかに彩られ、
その浮世離れさえして見える姿形は、

 重厚にして精悍な印象を醸し出し、底知れぬ甲冑の性能を匂い立たせる。

 「っ・・・だっ・・・!?」

 背後には、幾多もの色の光を放つ、巨大な翼。


 『不論帝悪守護職、役士摩大那、此度の働き、見事であった!されど・・・。』


 盛り上がった両肩と、鍬型の中央に、三羽の金色の鳳凰。


 『これ以上、命を武器とする事、罷りならん!』


 そして、甲冑の胸には巨大な、光り輝く結晶
(クリスタル)

 「・・・大将軍様!」

 そこに現れた男は他でもない、

 『天下人』、『天宮国主』、『討魔大将軍』、

 衛府 弓銃壱
(えふ きゅうじゅういち)、その人であった。


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