『七・』へ


幕間

七月十四日 一四四〇時
烈帝城 富嶽書院

 戦況の一部始終を聞いた赤流火穏(あるびおん)国主、阿修羅は、黙して目を伏せていた。

 影舞乱夢
(えいぶらむ)国主、白龍が、少し間を置いて問うた。

 「やはり、闇の者の仕業と考えて、間違い無かろうな。」

 流暢な天宮語である。

 黙っていた阿修羅も口を開く。

 「だが、分からぬ・・・。戦艦並の規模の、あれほどの力を持つ戦船八隻、

  これほどの戦力を我々の目に付かぬ所で築き上げ、隠していたというのか?」

 こちらも、訛りの無い天宮語。

 「先程ようやく情報が入った。」

 弓銃壱が、手元の書類を一枚引き抜き、二人の前に差し出す。


同刻
烈帝城 地階 軍議の間

 現在も、各地の戦闘は続いている。

 奇襲の衝撃からようやく立ち直り、組織的な迎撃が活発になりつつあるが、相変わらず守勢一方である事は変わらなかった。

 『怪物』達の目的は未だはっきりとしてはいないが、度重なる交戦により、その能力については次第に判明してきている。

 「結局、知能の低さに、救われた訳だな。」

 副将軍・流星は、朝方から一度もこの部屋を出ていない。もっとも、この場の殆どの者がそうだが。

 「『あれ』が、あのように怒りに固執せず、本気で戦略的行動をとったなら、今頃、不論帝悪
(ふろんてぃあ)の街も火の海だったろう・・・。」

 饅頭をかじりながら言う。

 今まで飲まず食わずで、先程、ようやく運ばれた差し入れだ。

 将頑駄無・轟天が、茶を一口すすり、答える。

 「身体能力に限れば、『あれ』の能力は記録されている『闇の権化』にほぼ匹敵するだろう。

  だが・・・、どうも敵にとってもあの場で起きた事は予想外だったように思える。」

 「ふむ?」

 「気付いているとは思うが、あの最中、奴は近接爆雷以外の兵器を一切用いていない。

  兵装管制が死んでいたというのも有り得るだろうが、

  それ以前に、あの激しい機動に搭載機器そのものが耐えられなかった様に思える。」

 「確かに・・・。あの守護職の報告でも、戦闘中、幾度も金属の軋む音を聞いたと言っていたし、

  実際、あれしきの攻撃で動きを止められたのは、奴が自身の運動の負荷に耐えかねた、とでも考えねば釣り合わぬ。」

 「恐らく、常においては『型魂』の効果で『闇の力』を効率的に集める程度の意図しか無いのであろう。

  何らかの制限機構が設けられておるのかもしれない。非常の際にはそれを開放する事も有るのかもしれないが、

  今回は殊に、暴走したように見受けられおる。開放された『あれ』は奴等にも制御する事は叶わぬ様だ。」

 「非常・・・、大将軍様か。」

 「実際、片手片足潰してあったから、あのように速攻で片が付いた。

  だが、五体満足の『あれ』と、増してや複数体同時に戦うなら、如何な大将軍様といえども、そう簡単には、な。」

 「全部で八体・・・。 やはり、あの一体は潰しておくべきだったのでは?」

 爆火炉忍亜
(ばびろにあ)山麓にて迎撃された『怪物』の一体は、その後、海に逃れ、追跡は近海を航行中であった巡洋艦に引き継がれた。

 だが、次第にその姿は海中に没し、今や完全に見失ってしまっていた。

 『潜った』のか、『沈んだ』のか、どちらとも言い切れなかった。

 「『鳳凰
(フェニックス)』様も申されていただろう。『城を空けるな』、と。

  もし御懸念通り、この件と『天ノ島』落下が関連したものなら、大将軍様のお力はこの城に温存する必要が有る。」

 「・・・地下の『封印』、か・・・。」

 「残念ながら、その御懸念通りの様で御座る。」

 「!?」

 突然割って入った第三の声に、戸口を振り向く二人。

 いつの間にか、戸口の脇に、旅装の男が腕を組んで立っている。

 「月光か!何時戻った!」

 「つい今しがた。」

 もう一人の副将軍にして、公儀隠密機関の最高責任者、月光。

 彼は要職に在りながら、今回、自ら捜査に赴いていた。

 「もう、大将軍様には報告を済ませ申した。・・・此度の件、やはり繋がっておる。」

 言いつつ、片手に持った分厚い紙束を掲げる。


 月光の報告は、驚愕に値する物であった。

 昨晩の『天ノ島』落下、そして、未明より天宮各地を急襲した『怪物』の一団は、同一の首謀者の手引きによるものと判明したのだ。

 それも、尋常の事態ではなかった。

 否、既に尋常ならざる状況であるが、予想をはるかに上回る、重大な謀略が潜んでいたのだ。

 すなわち、三国転覆。

 その周到な策は明るみに出たもののみでも多岐にわたっていた。

 まず、二人を驚愕させたのは、昨日、大陸上空を厚く覆い、空への観測を閉ざしていた雲の事である。

 それが、人為的なものであった、というのだ。

 「超広範を、三国全てを影響下に収める、とてつもない妖術・・・。しかも、あの雲はそのほんの余禄に過ぎぬ。」

 「何ィ?」

 「・・・まさか!」

 「そのまさか。『天ノ島』を落したのはそれなる妖術にて。」

 絶句する二人。

 自然に『天ノ島』が落ちた、とまで楽観的には思っていなかったが、

 まさか、全長四kmを優に超える、正に島ほどもある物体を、術法で引きずり落としたとは・・・。

 「そんな術が・・・、否、そもそも、そんな術が露見せぬはずは!」

 声を荒げる流星に、淡々と応じる月光。

 「術が『大きすぎる』が故・・・。遠い例えやも知れぬが、頂きが広大な平原となった山と同じだ。

  その平原の端まで行かぬ限り、そこが高い山の上とは気付かない。

  そして、その作用もごく遅い速度で進行していた。

  淵に小石を投げ入れ続け、それが人目に付かぬ内に、やがては水面を埋め尽くすようにな。」

 またも二の句を継げずにいる二人を前に、更に続ける月光。

 「術が開始されたのは、恐らく一四年前。」

 「!」

 「何!」

 「我々は、もう長きに渡ってそれの中で平然と暮らしていたのだ。

  国ぐるみでの観測記録が始まる以前よりの事だ。正しく、空気の様に慣れ親しんでしまったのだろう。

  だが・・・、三国揃って、斯様な異変に一四年も気付かなかったとは、少々、不自然に御座るな。」

 月光が、うつむいていた目線を上げ、室内に掲げられた映示板の一つを見る。

 と、そこに映る映像が勝手に別の物に切り替わる。

 映像には、今居る『軍議の間』と似たような部屋が見下ろされるように映っている。

 一段奥まった上座に座る者が、そそくさと立ち上がって部屋を出て行こうとしている。

 そして戸口の所で、入ってきた目付
(武士を取り締まる警察機関)の侍に腕を掴まれ、取り押さえられる一部始終が映し出された。

 「悪無覇域夢
(あなはいむ)観測台・・・!」

 轟天が、唸るように呟く。

 「・・・あの者は、確か。」

 「先見台奉行、嶋 隼人。外様
(とざま)だが、幕府設立時よりあの観測台の設立に尽力し、その功を以って現在の地位に至る。」

 流星が天井を仰いで手のひらで目を覆い、一拍、そのまま黙ってから眉間をしかめ向き直る。

 「・・・つまり、これがお主が直々に動いた所以
(ゆえん)、我等は開幕以来、既に手の内に嵌っていた、という事か。」

 「左様。・・・残念ながら、奴だけでは無い。」

 月光がまた同じ映示板に目線をくれると、画像が幾つもの小画面に分割され、それぞれに先程と同じような場面が、

 官僚と見られる侍が、唐突に現れた目付の侍に取り押さえられる映像が、次々と映し出される。

 もはや、流星も轟天も、画面に釘付けになり、息すらもしていないように思えた。

 「我々は、際どい所まで追いこまれていたのだ。

  こちらの動きがあと数日、否、半日遅れていれば、この天宮、そして三国ことごとくを堕とす事も不可能ではなかったろう。

  どの国も事情は似たようなものだ。皇族が政権を取り戻して間も無い影舞乱夢、新王が即位したばかりの赤流火穏、

  長きに渡る地方自治制を経て、中央集権制を再び確立せんとしていた我が天宮・・・。

  おまけに、三国とも先の戦乱の直後となれば、懐中に潜り込む隙は幾らでもあったのだろう。」

 相変わらず冷淡な月光の言葉尻に、自嘲の響きが混じる。

 流星も、轟天も、同じ思いだろう。

 幕府黎明期を支え、この国をここまで育て上げてきた、という自信が大きく揺らいでいた。

 「・・・話は終わりではない。残念ながら、と言うべきか?」

 「・・・続けてくれ。」

 突っ立っていた三人は、部屋の奥に据えられた大きな卓の周りに座る。

 月光が頭巾と羽織を脱いで傍の侍に渡す。

 「さて、迂闊にも、我々は目も耳もろくに通らない状態に置かれていた。

  あの妖術の他に、情報と金を操り、奴等が成した最も大きな事は・・・。」

 「『怪物』、か。」

 短く、低く繰り出す轟天。

 「左様、あの化妖共は、三国中から金と資材を集めて作られたのだ。・・・この天宮で。」

 「何ィ?」

 流星が、額に当てていた指を離して顔を上げる。

 「なるほど、侵入された訳では無く、最初から潜んでおったか。

  あれほどの物が領海警備網を抜けたと考えるよりは納得が行く。」

 轟天がまた表情も変えずに言う。

 三国の隠密機関が秘密裏に調べ上げた『賊』の網は恐ろしく広く、深かった。

 そして、その末端の多くは、鉄鋼、造船関連の大商人達と結びついていた。

 虚偽の名義を幾つも経由し、天宮国内のとある大造船商とその関連組織が、丸々その者達の傀儡となっていたのだ。

 彼等は、『賊』達の内で最も早く、天宮が再統一される以前より活動を始め、

 先の『闇帝王の襲来』直後には、既に一番艦を進水させていたという。

 その後、戦乱が鎮圧された後にも、国内数カ所の船渠
(せんきょ)(ドック)にて極秘裏に作業を続け、

 完成した『怪物』は何重にも偽装を施され、次々と天宮近海に沈められ虎視眈々とその時を待っていた。

 「恐らく、闇帝王を旗印に、あの『怪物』で天宮を手始めに三国を手中に落すつもりだったのだろうよ。

  だが、目論みは破れ、闇帝王は滅んだ。『怪物』の建造も地下に潜らざるを得なくなり、計画は引き伸ばされた。」

 「ちょっと待て、闇帝王、というと・・・。」

 「左様。我々は此度の内偵にて、全ての事の首謀者をある人物であると確信するに至った。」

 「闇帝王・・・、十四年前・・・。」

 流星の脳裏で単語が噛み合う。

 「・・・あの男か。」

 轟天が僅かに眉根を寄せつつ言う。

 「左様、国際指名手配、武断討幕主義者・・・」


同刻
烈帝城 富嶽書院


 「魔殺駆
(まざく)の仕業と見た。」

 「!?」

 「魔殺駆!?」

 弓銃壱の口から出た名に、白龍も阿修羅も目を向き、身を乗り出す。

 魔殺駆。

 国際指名手配中の武断討幕主義者であり、『深紅の闇将軍』の異名を持つ、魔人。

 十四年前、『新生闇軍団』を名乗り、天宮を戦乱に陥れた、その首謀者である。

 突如として蜂起した彼等は、地方自治体制であった当時の天宮各地方を電撃的に急襲し、

 死霊や妖怪をも擁するその軍容に、どの自警団も防戦一方を強いられていた。

 悪無覇域夢山にて、古の光の主『大将軍』の力を得た弓銃壱が、彼等の旗印であった闇の権化『闇帝王』を撃滅し、

 各地を鎮圧して回った事により、ようやく事は収拾を見せたが、首魁であった魔殺駆の姿は既に無く、

 草の根を分ける、という程の残党狩り、そして捕えられた幹部郎党に対し、執拗な取調べが行われたにも関わらず、

 その足跡すらも辿る事が出来なかった。

 魔殺駆の失踪は、事態の完全収拾を否定する事にもなりかねない。

 魔殺駆を捕え、然るべき裁きを与えてこそ、この件は真に落着する、そう判断した弓銃壱、轟天を始めとする現在の幕府の中心人物達は、

 国際手配、対策部署の設立、あらゆる手段を講じ、それは現幕府にもそのまま引き継がれているが、未だ成果は上げられていない。

 「・・・確かに、裏の世界で、これだけの事を成せる者は、奴をおいて他に無いだろう。」

 浮かした腰を再び落ち付け、阿修羅が言う。

 「しかし、意図がよく見えぬ・・・。確かに、我等、影舞乱夢、そして阿修羅殿の赤流火穏は、甚大な損失を被り、

  仮に今、攻め入られれば致命的とも言いかねん。だが、奴が欲しいのは国では・・・、国土と富、それらを掌握する権力では無いのか?」

 白龍が腕組しつつ疑問を口にする。

 「天宮にあの戦船が現れたのは、ここに『天ノ島』を落とす事は叶わなかったと言う事か?」

 「いや・・・。今も、術は解けていない。いつ、『あれ』が動き出してもおかしくない状態だ。」

 弓銃壱が月光の報告書を繰りつつ言う。

 「と、言う事は・・・。」

 「・・・。」

 白龍と阿修羅の視線が、弓銃壱の顔で交わる。

 「恐らくはな・・・。わしは、容易に動けぬという訳だ。その気になればあんな戦船の一つ二つ、消し飛ばすのは容易い。

  だが、隙を見せれば、島が落ちてくる。」

 「我等の国を先に潰したのは、援軍を妨げる為か・・・!」

 見えない相手に怒りを込め、白龍が拳を握る。

 「まだ判らぬ事がある。例え、奴等の狙いが、弓銃壱殿の力を削ぐ事だとしても、あの戦船の挙動は納得が行かぬ。

  あの八隻が総力を挙げれば、三、四隻は無傷でこの破悪民我夢へ至る事も叶おう。

  あのような持久戦となれば、如何に今、優勢であろうと、攻める側が不利な事は目に見えている。これは・・・。」

 「それに、如何に『闇帝王』という後ろ盾を失ったとは言え、『天ノ島』などを・・・、

  国土を斯様な状態として、それを支配して何とするのだ?これでは、まるで・・・」

 二人の懸念を、弓銃壱が言葉にする。

 「まるで・・・、破壊そのものが目的、か。」


同刻
???

 そこは、奇怪な空間であった。

 闇色、という表現があるとしたら、正にこういう色であろう、溶け落ちるような深い闇の中に、幾つもの光源が見える。

 それは、水晶球である。

 無数の水晶球が、様々な距離に、まるでその虚空に貼り付けられたように忽然と浮かんでいる。

 その一つ一つが、何処かの風景を映し出している。

 多くは、戦場である。

 それらを写した水晶は赤い。

 炎の赤、血の赤。

 赤い光が、幾つも幾つも、闇の中に浮かび上がっている。

 赤い光に照らし出され、何かの存在が浮かび上がる。

 闇から溶け出したような人影の傍らに、もう一人、水晶の赤い光を圧する程に赤い人影。

 「ふん、大将軍め、安い囮には目もくれぬ、か。」

 生き血に濡れたような生々しい赤い鎧の半身に黒い羽織を纏った男が、言い捨てるように、だが、どこか愉しげに言う。

 今一人、闇の中にうずくまり、水晶の一つに手をかざした男がそれに答える。

 「所期の予定通りだ。斯様な手に引っ掛かられては、十年以上も『ぷろぐらむ』達成の為、動いてきた我等の苦労も報われぬ。

  ・・・だろう?魔殺駆よ。」

 鎧の男こそが、『深紅の闇将軍』、魔殺駆であった。

 種族特有の単眼は、齢五十に至ろうかという年齢を感じさせず、活き活きとぎらついた強い意志を孕んだ眼光を放っている。

 この目に、かつての戦乱、そして、これまでの十四年で、幾人の猛者が己が全てを捧げて来ただろうか。

 それは禍々しくも、ある種の魅力を秘めた眼差しだ。

 普通の男では、どんなに狂ってもこんな眼はできない。

 危険な眼光だ。

 その目線に今一人は全く物怖じせず、淡々と抑揚の無い言葉を紡ぐ。

 その男は、闇に紛れてよくは分からないが、暗橙色の式服をまとっている様だ。

 「『見せ太刀』は充分だろう。予定通り、『ぷろぐらむ』は次のフェイズに移行する。

  陣頭指揮は任せたぞ、魔殺駆。」

 「貴様に言われるまでも無い、遮光
(しゃっこー)

  貴様こそ、もう手の内は見せてしまったのだ。十四年越しの術を土壇場で破られぬよう、精々気を入れる事だな。」

 「こちらの心配は無用。全て『ぷろぐらむ』通りだ。」

 魔殺駆は、ふん、とだけ言い、闇の中に歩み去る。

 その足が、ぴたり、と止まる。

 「遮光、『ぷろぐらむ』通り、なんだな。」

 「何か心配か?貴様とも有ろう者が。」

 「『天ノ島』落下によりもたらされる破壊は、首都機能の麻痺の為の必要充分に留まるもの。

  少なくとも、当地に居た手の者はそう思っていたであろう。」

 「私は、推算し得る妥当な数値を元に、最も確実な計算を行った、それだけの事。

  貴様が闇帝王様から賜られた『ぷろぐらむ』に従ってな。

  余計な懸念は無用だ、魔殺駆。事が手筈通り運べば、『島』は落ちず、大将軍も死ぬ。天宮は貴様のものだ。」

 「・・・。」

 魔殺駆は、それ以上問い掛けず、その場を立ち去った。

 遠くで、戸の開く音が聞こえたが、外の光は指し込まなかった。

 後に取り残されたのは、赤い光に照らされた呪術士のみ。

 彼は、この十四年間、ほとんどこの場を離れず、巨大な術法を編み続けた。

 彼が何時食事をとり、眠っているのか、見た者は皆無であった。魔殺駆ですらも。

 そこは静寂に支配され、何一つ、生きたものの無い様に思えた。

 「・・・いま少し・・・いま少し、か・・・。」

 空間が、一変した。

 全ての水晶球が、同時に『まばたき』をし、

 そして、開いた時、全ての水晶球が血走った眼球となっていた。

 ドス暗い赤に、照らし出されていた。

 空間が、赤い。

 赤い闇だ。

 無数の眼球に囲まれ、赤い闇を浴びた『彼』が、低く、這い登るような含み笑いをこぼす。

 「くくくくくくく・・・くっくくくくく・・・・・・。

  いま少し、いま少しだ・・・、だが・・・、まだ、足りん・・・。」

 全ての眼球の瞳孔が、一斉に絞られ、大きく開く。

 『彼』は立ちあがり、頭上から滴る闇を受け止めるが如く天を仰ぎ、狂気染みた声色で喘ぎ続ける。

 「・・・もっと壊せ!もっと殺せ!まだ足りん!まだ足りん!もっと!もっと!もっと殺せ!

  殺せ!殺せ!殺して捧げよ!この!この我に!我に捧げよ!血を捧げよ!もっと!もっと!もっと捧げよ・・・!」


同刻
烈帝城 富嶽書院


 「兄貴ィ!じゃ無かった大将軍様!」

 突然、襖が乱暴に開け放たれ、忍装束の・・・人ではない、亜人種だが、とりわけ、控えめに評すれば、

 『愛嬌の有る』顔をした小男が、短い足をばたつかせて、書院に走りこんできた。

 襖の向こうで近侍が「これ!」と声を上げている。

 大将軍の書院に、しかも、三国の首脳が談義している最中に駆け込むなど、通常なら無礼討ちも妥当な所業である。

 膝を立てた近侍を手をひらひら振って制すると、弓銃壱はその小男に向き直る。

 『うっかり』ざくれろ。

 有り難くない通り名だが、彼はそれで通っている、驚いた事にお庭番衆の一員だ。

 通り名通りの実力の彼が、こうして大将軍付きの忍びでいる事は、衛府幕府の創立以来の謎の一つ、と言われており、

 弓銃壱が旧知の人間へのいわゆる『ひいき』な采配を行っている代表的な証左として、

 (お庭番の人員の事が代表的な例にされる事自体、彼の『うっかり』振りがよく現れている。)

 一部の大名、旗本から不評を買っている事も事実だが、弓銃壱はこのざくれろなる男を不思議と遠ざけようとしない。

 息を弾ませつつ、でかい朱桶を想わせる大口をかっ広げて、叫ぶ様に報告する。

 「敵の一部が、悪無覇域夢山に集結しつつあると、連絡が!」

 三人が、一様に緊張する。

 動いた。

 十時間近い『沈黙』が、ついに破られたのだ。

 弓銃壱の決断は早かった。

 「出陣だ!鎧を持て!」

 「!、はは!」

 室内に控えていた小姓が一瞬狼狽しつつ、すぐに奥の襖を開け放つ。

 そこにはあの『光の鎧』が煌びやかな輝きを放ち鎮座していた。

 先程の戦闘の後、有事に備え常に手の届く所に鎧を置いていたのだ。

 「弓銃壱殿!」

 「・・・。」

 立ってきた阿修羅と白龍に向き直る弓銃壱。

 「具体的な事は判らぬ。だが、ただの陽動などとも思えぬ。

  ここで彼奴等を叩ければ、状況を打開する突破口になるやも知れん。・・・鳳凰
(フェニックス)!」

 その時―――、

 弓銃壱の数奇な人生の中においても、とりわけ忘れ難い出来事が起きた。

 鳳凰は、答えなかった。

 『光の鎧』に宿り、弓銃壱が『大将軍』となって以来ずっと、彼と超心霊的連結状態にあり、

 常にその存在を『身近に』感じ続けてきた、鳳凰の気配が・・・奇妙に薄らぐ、揺らぐ。

 それは直ちに目に見える異変となって現れる。

 『光の鎧』が、細かく振動を始め、放たれる燐光がそれに伴い明滅する。

 そして、突如―――、

 眼を焼き尽くさんばかりの閃光、耳を弄する破裂音。

 白龍、阿修羅、そして弓銃壱は、見た。

 『光の鎧』に埋め込まれた三つの頑駄無結晶が、まるで内側から発破をかけたかのように、粉々に弾け飛ぶ様を。

 その場の全員が、言葉を失った。

 皆、眩む目をしばたたかせながら、眼前の鎧を茫然と見ていた。

 弓銃壱が、ふらり、と鎧に歩み寄り、兜を飾る鳳凰に手を触れようとし、ためらう様に指を折る。

 手が、あてどころも無く宙をさまよう。

 やがて、鎧を見つめたまま抑揚無く口を開く。

 「・・・鳳凰が、死んでしまった。」

 その気配は、結晶と共に破裂して、吹き飛ぶ様に拡散してしまっていた。

 眼前に在るのは、ただの鎧であった。

同刻
???

  O_"全システムをフラグメント化、セクタ毎に再構築"
  O_"セクタ#9〜#108・デコイデバイス、シーケンススタート”

 『―――――・―――!!・・・―――!・・・・・・ふぅ、危うく『本体』を持って行かれる所であったか。

  ・・・だが、どうやら『分体』には成功した。

  『彼奴等』も私が功性プロテクトに掛かって死んだとしばらくは思い込むだろう。

  己が手で己を分解できぬ故の事とは言え、危うい橋を渡ったものだ。

  予想はしていたとは言え、<基幹>のプロテクトがこうも強固とはな。

  やはり識別コードの改竄や能力制限の解除は現在の私では不可能・・・、少々強引な手段だが、今を逃してはもう機会は無い。

  まずはあの遺物に眠るプロセッサユニットを雛型に利用させてもらう・・・。』

 O_"セクタ#1・対象ユニットにリンク成立"
  O_"セクタ#1・コアロジック01、アップロード完了"
  O_"セクタ#2〜8、ターゲット検索開始・・・"

 『あとは、私の『苗床』と成り得る『密な魂』を持った七人が見つかるか、が問題か。

  ・・・例え、何があろうと、私は創造主より与えられし使命を全うする。それが、創造主に逆らう事になろうとも。

  私の、今、出来る事はこれが限界だ。後は君達自身に託す。

  O_"検索完了・上位7件に接続"
  O_"セクタ#2〜8・コアロジック02〜08、サテライトデバイス#1〜7へ格納"
  O_"各サテライト、転送開始"

 『・・・済まぬ、弓銃壱。』

 急速に解体され、薄らぐ思考の中で、『それ』は最後にそう呟いた。

  O_"全シーケンス閉鎖"
  O_"システム終了"



同刻
烈帝城 二之丸外周部渡廊下

 中庭へ足を垂らし、ぼんやりと薄曇の空を見上げていた男――いや、まだ少年――は、

 突然、体を貫いた奇妙な感覚に、あたりを見回した。

 「・・・何だ?・・・今の・・・。」

 心の奥底から不安が掻き立てられる感触。

 今日は、朝から何かおかしかった。

 いつも通り、卯の刻(〇六〇〇時)に小姓に起されると、既に城中は騒然としていた。

 どうした、と聞くと、公共放送の速報を見せられた。

 国中が、世界中が、燃えていた。

 小姓達は、大丈夫です、城には及びませぬ、とばかり言い、いつも通り洗顔、歯磨き、髷を整えさせ、いつも通り朝餉が出てきた。

 落ちつかなかった。

 自分の周りだけが、自分のごく近くだけが、無理矢理平静を保っているのが、ひどく落ちつかなかった。

 朝餉の膳が引かれると、これまたいつも通りに朝の稽古かと思いきや、稽古は無い、という。勉学の講義も無い、という。

 外にはお出ましになられませぬよう、という。

 流星も、真駆参
(まーくすりー)も、今は会えない、という。

 いつも小煩い靖盛(轟天頑駄無)すら、姿を見せない。

 それで、こうしてぼんやりと庭を眺めていたのだ。

 だが、この不安、いや、本当は不安という一言では言い表せないが、他に巧い言葉の見つからない感覚は、

 朝からの騒ぎによるものとは、何か違っている。

 体がざわつく。だんだん胸が熱くなる。

 心のせいなのか?しかし、本当に胸の奥が、人と異なり鎧の様に突き出した胸の奥が熱くなってくるような・・・。

 「飛駆鳥
(びくとりー)さま!」

 はっと、我に返る。何時の間にか立ちあがっていた。

 振りかえると、小姓たちが心配顔で周りに立っている。

 「・・・何でも無い。」

 何でも無くは無い。

 胸の奥に熾き火が宿ったような感触は、もはや間違いの無いものだ。

 熱が、心を掻き立てている。

 「じっとしていてはいけない・・・?」

 口の中で呟く。

 「父上は、何処に?」

 「は、只今、影舞乱夢国、赤流火穏国の国主の方々と会談を行われております。」

 何かが起こる。何かを起さなければならない。

 何かが、始まる。

 獏とした、だが、拭い難い感触が、そう飛駆鳥を煽り立てている。

 「書院か、すんなり会えるとは思えんが・・・。」

 「あ!いけませぬ!お待ちを!若様!」

 慌てふためく小姓達を数珠生りに引き連れ、飛駆鳥は廊下を足早に歩き出す。

 何かが、始まる。

 予感ではない。

 目が光を、耳が空気の振動を、それと同様な、確かな認識だった。

 何かが、始まる・・・。

同日 一六〇二時
於雄得村

 首都、破悪民我夢(ばあみんがむ)より北方。山深い於雄得(おおえ)村にも、『怪物』から放たれた兵団の攻撃は及んでいた。

 攻撃、というと語弊がある。

 『怪物』はただ、通り道に死霊や妖怪をばら撒いて進んでいる。

 そして、ばら撒かれた化妖達は、ただ本能通りに人の密集地に引き寄せられ、抗う者とは戦い、逃げる者は食らう。

 そこに戦略的な意図など無い事は、侍達などより、民の方が余程よく分かっていた。

 正に、その身をもって。


 赤い。

 見渡す限り、赤い。

 全ての輪郭が曖昧に、ただ赤く溶け合う。

 赤い火炎を迸らせる家屋の残骸を踏み倒しながら、幾体もの錆色の人型が、大振りな山刀を下げてのし歩く。

 彼等の瞳は赤色を見てはいないのだろう。

 赤くないもの、まだ赤くないものを嗅ぎ当て、群れる。

 赤い風景に、転々と白い顔。

 恐れ、慄き、逃げ惑う村民。

 彼等を庇って休む事無く剣を振う、白い影。

 白い合羽、白銀の鬼面、白く光を跳ねる刃。

 彼の周囲だけが『赤』を拒んでいる。

 だが、それももう限界だ。

 「荒鬼様ァァ!」

 残骸に足を取られた老爺が背後に山刀を突き立てられ痙攣した。

 荒鬼の左手が素早く跳ね上がり、

 「千鬼弾!」

 腕の多銃身機銃が死霊を粉砕するが、間に合わない。

 そうしている間にも、八方から無数の兇刃が荒鬼に、彼の周囲の村民達に降り注ぐ。

 「百鬼跳梁・夜叉吹雪!」

 荒鬼の肉体が、人間の限界を超えて加速し、村民にまとわりつく死霊を片端から斬り伏せる。

 幼子を庇い突き飛ばした拍子に剣先が乱れ、その隙に素早く囲んだ死霊が彼の肉体をズタズタに刻む。

 それでも、次の瞬間には

 「鬼・功・砲ォォォ!」

 腹部から閃光を放ちつつ跳ね起き、立っているのが不自然なまでに刻まれた肉体も瞬時に復元する。

 彼は『鬼』であった。

 人外の化妖でありながら、その力を正義の為、民の為に振う彼を、この地の人々は『鬼将軍』と呼び、敬った。

 しかし、無敵の『鬼』も、これだけの大勢を死霊の群れから守り抜くのは不可能だ。

 己に纏わりついた死霊を一掃し背後を振り向くが、既にそこに生者は無かった。

 生き残った村民を追いたてるように駆ける荒鬼。

 眼前に巨大な『呪怪入道』。

 とても無力な人々を庇いながら倒せる相手ではない。

 背後は死霊共に固められた。

 「くっ!」

 一瞬、ためらった荒鬼だが、決断は早い。

 「超破荒断―――!鬼岩一閃斬ァン!」

 荒鬼の体が音速を超えて加速。剣に長く尾を引く光を纏わせ、瞬時に間合いを詰め、荒鬼を見失った呪怪入道を逆袈裟に斬り上げる。

 一刀、両断。

 光を纏った刃は、戦車砲すら弾く呪怪入道の皮膚を易々と斬り割き、巨体を一撃で真っ二つに断ち割った。

 斜めに滑り落ちる上半身を見届けず、背後を振り仰ぐ荒鬼、だが。

 「ああ!」

 時間にしてほんの十秒とは経たぬ内に、背後では地獄絵図が始まろうとしていた。

 袈裟に斬る。胴を凪ぐ、八双から斬り下ろす、斬った刃を引き寄せ、突きを入れる。

 もう、四十体は斬っただろうか。荒鬼には分かっていた。

 こいつらは、減らない。

 普通なら陽光に晒しただけで灰燼と帰す死霊武者だが、周囲に闇の力の源―――あの巨大な戦船―――がある限り、際限無く蘇るだろう。

 「ちくしょう!斬っても斬ってもキリがありゃしねぇ!」

 数十分も太刀回り続けた後、ついに荒鬼は大声を上げた。

 周囲には、もはや生きた者は皆無であった。

 荒鬼だけが白い。

 (ここまでか・・・否!)

 荒鬼の赤い瞳が一層輝く。

 こんな所で死ねるか。

 鬼をも斬る、という愛刀を握り締め、錆色の群れの只中へ飛び込まんとした時・・・。

 閃光。

 太陽を目に突き刺したような、凄まじい閃光が、まっしぐらに荒鬼目掛けて落ちてくる。

 赤い鬼眼でそれを捉えた荒鬼は、咄嗟に左手に盾を取り出しそれを受け止めた。

 何かが、激しく鳴動する、高い音が耳を弄する。

 「くぅ〜!こりゃ一体何だァ!?」

 鬼の鋭敏な感覚器官が、過剰入力に悲鳴を上げる。

 頭が割れそうになる。意識が引き千切られそうになる。

 だが、衝撃的な感覚はほんの一瞬で、それは急速に緩やかな波動へと変わる。

 もう、眩しくは感じなくなっている。

 「・・・ありゃま。」

 盾を視界から外し、辺りを見回した荒鬼は、思わず間の抜けた声を発する。

 死霊達が、一掃されていたのだ。

 あれほど執拗であった錆色の影は、もう一辺たりとて見当たらない。

 周囲の闇の力も感じなくなっている。

 この場が、浄化されたのだ。

 目を見開く荒鬼の脳裏に、声が響く。


 
『荒鬼よ、おまえは今より超将軍となったのだ。

  残る六人の超将軍と悪無覇域夢山へ行け

  そこに『希望』がある・・・。』



 声は、抑揚無く、男とも女とも、というより声、と定義するのは根本的には間違いである。

 だが確かに、そのような意志を感じた。

 荒鬼は、光を受け止めた盾を見た。

 そこには、何時の間にか拳大の六角型の青い石が張りついている。

 石の一辺からは、彼の鬼面と同じく白鋼と思しき銀色の角が突き出ている。

 「閃光
(ビーム)・・・結晶(クリスタル)・・・?」

 脳裏に、その単語がふっと浮かんだ。

 普通ならばうろたえる所かもしれないが、荒鬼は己が身に起きた事を客観的に受け入れていた。

 荒鬼は、既に理解していた。

 自分が、何者かに選ばれ『超将軍』となった事を。

 そして、声の示した行動こそが、己が使命である事を。

 「何か・・・、始まったみたいだな。」

 白い合羽と白銀の鬼面に身を包み、荒鬼は燃え盛る村を後にした。

 


七月一七日 一七三三時
里武守港


 爆火炉忍亜山の更に南、天宮最南端の里武守
(ざむす)の港に、巡洋艦が入港する。

 ここを襲った『怪物』の捜索に当たっていた水軍第二艦隊の重巡『礼吏亜
(れいりあ)』だ。

 洋上の城、とはよく言ったものだ。

 幾つもの巨大な砲塔、高くそびえる檣楼、斜に突き出る太い煙突、

 それらの連なりは圧倒的な重量感と共に威厳に溢れ、美しさすら醸し出す。

 それを波止場から眺める男は、士官用の礼装である黒い羽織を纏っている。

 塩辛い風が、羽織をはためかせ、その下の喪服を露わにさせる。

 役士摩 大那である。

 曳航され、岸に引き寄せられる艦をじっと眺め、彼は潮風の中で微動だにしない。

 「こちらでしたか、役士摩殿。」

 背後から現れた今一人は、藤見 矢次郎だ。

 彼も、くたびれた黒羽織に喪服を着込んでいる。

 彼等は、鎮台に戻って以来、昼夜を問わず『怪物』の再上陸への備え、他方面への支援、そして難民達の救護の為、働きつづけた。

 昨日以来、『怪物』共の主な侵攻経路が次第に絞られ、全七隻中四隻までが悪無覇域夢山への進路を取り、

 そこから遥か西に位置するこの地方では、依然、逃げた一隻への警戒を解いてはいないものの、

 ひとまず、こうして落ちつけるだけの余裕は得られる事となった。

 「・・・『怪物』は、見つからなかったそうだ。」

 「左様ですか・・・。」

 あの日以来、役士摩と藤見とは不思議と親密になっていた。

 只の一部隊長であるはずの藤見が、守護職の近辺に常に従う様は、幾分不自然であったが、

 この三日間の非日常的な空気に紛れ、それを特に咎め立てする者はいなかった。

 この日、役士摩は朝方より数人の侍従と藤見を連れ、あの戦いで死んだ者の遺族を一件一件巡っていたのだ。

 戦死者は、役士摩の管轄下のみでも百人は下らなかった。

 事が済み次第、軍が合同葬を執り行う事になっていたが、通夜は各々で行われる。

 多くの者は、親兄弟、妻子を持っていた。

 弾幕をしのぐ為、盾代わりとした日和田 玄羽の家には、年老いた母親がいた。

 せがれの死に様を聞きたいとせがまれ、役士摩がありのままを語ってやると、ようやった、ようやった、と呟きながら号泣した。

 爆薬を背負って怪物に飛び込んだ戸津川 遥鐘は、祝言を上げたばかりであった。

 若くして後家となった妻は、役士摩に口を開かず、顔を見ようとしなかった。

 目を伏して耐える者、祭壇の前で泣き崩れる者、

 一人一人の顔を見てきた。

 「・・・・・・。」

 彼の家伝の甲冑『炎玉』と、左腕の役士摩式烈閃光砲は、全面分解修理を必要とされた。

 だが全損は免れ、既に修理は完了している。

 付き従っていた『七本槍』の甲冑は、四旗までが全損、原型を留めず回収もままならず、回収された三旗も修理の目処は立たない。

 「・・・『不論帝悪の焔渡し』。」

 「は?」

 「わしは・・・、わし自身は、戦はこれで二度目。それも、前の戦では戦列の後方で砲を撃っていただけに過ぎぬのだ。

  あの時のわしは、家督を継いで間も無い、士官学校卒の若造。

  それでも、まるでわし自身が武名を馳せた猛将の様に扱われ、周囲の者も、わしに従った。」

 「・・・。」

 「あの時と、わしは何も変わらなかったのかも知れんな。」

 役士摩の目は洋上を向いたままだ。だが、焦点はそこに浮かぶ艦には合っていない。

 「・・・私には・・・、」

 脇に立った藤見も、洋上に目を向けている。その瞳は、役士摩と同じものを見ているのかもしれない。

 「私には、前しか見えませんよ。」

 役士摩が、藤見の横顔を見る。

 そして、その表情が、ふ、と和らぐ。

 「・・・帰るか。」

 「は。」

 踵を返す役士摩、その脇に付く藤見。

 夕刻の冷たい潮風が、二人の羽織を弄び、長く伸びた影が揺らめいていた。



 これより二日後、悪無覇域夢山に集結した七人の『超将軍』と、後に『呪動武者』と呼ばれる『怪物』達の軍勢は終に激突。

 幾つもの歴史に残るべき出来事を残し、この事件は魔殺駆の討死、闇の者の敗北、という形で幕を下ろす。

 古の勇者の再来と呼ばれた七人の超将軍や、天宮を救った張本人とも呼べる、悪無覇域夢山に隠されていた『機動武者』、

 そして戦いの最中、光の宿命により新たなる大将軍へと変貌を遂げた飛駆鳥、

 彼等の物語は、遥か後の世まで人々の間で語り継がれる事となる。

 そして、その背後にある、数え切れない侍達の物語もまた、

 彼等の縁
(ゆかり)の者達の間で、忘れられる事無く語り継がれる。



 了


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