『七・爆身』へ


鎮守

七月十四日 〇七五三時
烈帝城 地階 軍議の間

 「上様!」

 驚愕したのは、こちらも変わらなかった。

 いつの間にか上座は空になっており、数百Kmの距離を超えて、映示版の中に大将軍は現れた。

 副将軍・流星が早足に御成り廊下の戸に歩み寄り、乱暴に開け放つと、控えていた近侍に怒鳴り付ける。

 「大将軍様はいつ出て行かれた!」

 「は、つい数分前・・・。」

 「ああー!」

 思わず、目を掌で覆って、天を仰ぐ。

 「やられたわ。変わらんな、あのお方は。」

 将頑駄無・轟天が、卓上で掌を組みながら呟く。

 表情は相変わらず変わらなかったが、心なしか声に疲れが混じる。

 「静かだ、静かだ、と思ってはいたが!油断した!弓・・・いや、大将軍様は、ご自身の立場とお役目をお忘れか!

  この城の、ひいては頑駄無軍団の要で在らせられる御身が、如何に臣下の苦境を目の当たりにしたとは言え、

  斯様に易々とあのような場へ赴く等とは・・・!」

 口早にまくし立てながら憤然と卓の間を歩き、自分の席に乱暴に腰を下ろす。

 普段、軽口などをよく叩く流星だが、良識や責任感は人一倍であり、

 一方、弓銃壱は、正義感は強いが一度火が点くと見境の無い所があった。

 弓銃壱と共に過ごした修行時代から、場を茶化すのは流星だが、実際に事を起こすのは弓銃壱であったのだ。

 (あの頃とは違うんだぞ・・・弓銃壱!)

同日 〇七五五時
爆火炉忍亜山麓 上空

 跳ね飛ばした『怪物』を捨て置き、大将軍は垂直に上昇してゆく。

 並外れて強力な流体キャタピラ推進機構が電気的な唸りを発している。

 爆火炉忍亜山が目の高さに見える高度から、戦場一帯を見下ろし、呟く。

 「ふむ、まずは、あれか。」

 山麓から一直線に続く、激戦の痕跡。

 焼けただれ、所々に抉れた地表に、無数の兵と妖怪の屍。

 大将軍の眼は、可視光線のみならず呪力や心力をも捉えられる。

 斃
(たお)れた大量の武者達の魂魄(こんぱく)の多くは、己の死に満足し正常に行くべき所へ向かいつつあるが、

 想像を絶する苦痛や、余りに強い未練により怨霊と化し、更に闇に取り込まれようとしている者も居る。

 それらが新たな死霊武者となり、生者を引きこもうとするのだ。

 「鳳凰
(フェニックス)!」

 『承知。』

 大将軍が右手を一振りすると、いつの間にか大きな軍配が握られている。

 それを眼下に突き出すようにかざす。


 『我より出でし連なり百七十億の空虚、我が理の元に顕現し我が『メイ』を聞け!』


 同時に、鍬型の上部を飾る鳳凰の頭が、高らかに詠唱する。

 途端に、周囲に異変が生じる。

 周囲に居た妖怪や死霊武者達、

 生き残った武者達を狩り立て、或いは『怪物』の戦いに巻き込まれまいと距離を置いて見守っていた彼等の動きが、

 明らかに鈍くなったのだ。

 死霊武者の一人が、頭を抱えてうめき出す。

 鎧の隙間から白い煙が立ち昇る。

 次第に苦しみを増し、叫びと共に天を振り仰ぐと、そのまま鎧のみがバラバラと崩れ落ちる。

 大量の煙が噴き出した後は、がらんどうになっていた。

 そこら中で同様の事が起きている。

 死霊武者が、ばたばたと倒れ、妖怪達も力無くうずくまったり、のた打ち回っていたりしている。



 (何と恐るべき心力・・・!)

 その強大な圧力は、直下に居る役士摩の精神を波立たせるように揺さぶっている。

 役士摩は右手で小さく印を切り、人差指と中指を揃えて眼前をゆっくりと横切らせ、観測術法を立ち上げる。

 それを通して見た大将軍の姿は、無数の文字や図形に濃密に取り巻かれ、

 目線を引くと、大将軍を中心に広大な範囲に記号が広がり渦を巻いている。

 渦の範囲が、大将軍が『確保』した『領域』だ。

 しかし、壮絶な効果にも関わらず、領域内の文字や記号、すなわち心力の流れは、大まかな流れに沿って漂うのみであり、

 法陣を成して可視化する事はなく、それは、そこに何の術法も働いてはいない事を示している。

 ただ『闇』の属性を帯びた存在が、膨大な『光』の圧力に押し潰され、崩壊した、とでも形容出来ようか。

 真に強大な者は、術も、何も行使する必要は無いのだ。

 役士摩は、余りに巨大な存在を、ただ茫然と見上げる。



 『領域内、敵性体反応、三六%減少。残存反応、活性低下。』

 「よし、片付ける。大目牙撃砲
(オメガ・スマッシャー)!」

 『砲撃準備
(スタンバイ)。』

 鳳凰に命じると、大将軍の背部に折り畳まれていた二門の砲身が両腕の下を通って前方に展開し、固定される。

 そして、鳳凰の詠唱と共に、蒼い砲身の周囲と砲口の延線上に幾多の法陣が形成される。


 『量子閉鎖栓・全閉位置、粒子過給器・全開出力、旋条力場線・第一出力、

  ――我が手に触れし無き者共よ、我は与えん、汝
(な)が名を呼ばん――

  大目牙撃砲、準備完了
(レディ)。』

 「討魔・轟爆撃!」


 掛け声と共に砲身を構えると、真っ白い閃光の塊が次々と迸る。

 交互に火を吹く砲身を右に左に振り向け、木々の間に蠢く妖怪を次々に撃ちぬいて行く。

 砲から放たれる光は、砲身から離れた所で元の数倍の太さに膨れ上がり、

 その砲弾を制御するべく弾道を取り巻く旋条力場線法陣が、負荷を受けて砲弾の通過に伴って赤く輝く。

 鳳仙花が、呪怪入道が、一撃で易々と木っ端微塵に吹き飛んでゆく。

 「フゥゥッ!」

 気勢と共に両側の砲を前方に向け、まだ立ち直れずにいる『怪物』へ構え、

 「カッ!」

 装填された熱量の残り全てを一気に叩き出し、一際強く輝く砲弾が『怪物』へ放たれる。

 途端に、横様に転がった『怪物』の左腕が振りかざされ、きわどい所で砲弾を受け止める。

 鉤手の指が、一本欠けて落ちる。

 「ちっ・・・。」

 振りかざした左腕をそのまま振り子にして、横転した体躯を素早く回転させて起き上がり、起き様に後足を蹴り込み、大将軍に飛び掛る。

 だが、大将軍の体は瞬時に音速を超えて加速し、易々と突進を躱す。

 虚空でとんぼを切り、超音速状態からぴたりと静止し向き直ると、

 勢い余って山麓の木々の間に頭を突っ込みもがく『怪物』を険しい面持ちで見下ろす。

 「ふん・・・、『黒魔神闇皇帝』の出来損ないが。」

 何人も恐れ忌避するその『怪物』の名を、いとも易く口にする大将軍。

 だが、発声の際に強力な『忌言』を折り込み、呪的厄災を打ち消している。

 敵の名を否定の意を込めて発声する、それを極限まで強めた行為だ。

 「手負いのガラクタにこれ以上天宮
(あーく)の土を汚させぬ!『太陽砲』で塵に帰してくれん!」

 『まて、大将軍。』

 「またか!鳳凰!一体、太陽砲の何が気に入らぬ!」

 『総熱量
(エネルギ)残量、八三%。太陽砲を放てば、残りの熱量では超高速巡航が使用不能になる。烈帝城へ戻れぬぞ。』

 「それがどうした!城には流星も、轟天殿も、旗本三千騎も控えておる!わしが居ないから何だと・・・。」

 『『天ノ島』は、現在、静止衛星軌道上・・・、破悪民我夢の直上だ。』

 「!?」

 これまでの経緯が、破悪民我夢から大将軍をおびき出す陽動ではないとは言いきれぬ、と言っているのだ。

 敵が如何なる手段で『天ノ島』を落しているかは未だ知れない。

 赤流火穏
(あるびおん)、影舞乱夢(えいぶらむ)の時の様に、一日の猶予が有るとは言い切れない。

 最悪、兆候が現れてから数分以内に落下する事も物理的には在り得るのだ。

 口論の間に、『怪物』が身を起こし、向き直った。

 その眼は、相変わらず凶相を湛えており、戦意も殺意も微塵も失われていない。

 後足をたわめ、再び飛び掛からんと、身構える。

 「・・・ちっ、ならば、戦闘力だけでも奪う!」

 『『光鳳剣』、安全装置解除
(セイフティ・レリーズ)

 鳳凰の声に合わせ、大将軍の右腰に吊るされた鞘の鯉口が、僅かにかちり、と音を立てる。

 そして、左手で柄を掴み、ゆっくりと抜き放つ。

 その刀身はそれ自体が僅かに光を放ち、航跡には白い残像が尾を引く。

 刀身を突き付ける様に前方に構え、大将軍と鳳凰が同時に口を開く。


 「討魔金剛滅破・・・!」

 『空虚にたゆとい名無き生無き影無き者共、我は与えん、汝が名を呼ばん』


 刀身を包む光が強さを増す。

 間を置かず、左肩の鳳凰が口を開く。


 『汝が生、汝が影、幾重に呼ばん、幾重なる汝、我が『メイ』に従うべし』


 刀身を中心に、無数の文字、記号が現れ、規則的な動きを成し始める。

 右肩の鳳凰が口を開く。


 『我は宣す、汝は電磁、汝は重き、汝は強き、汝は弱き、汝は見えざりき意志』


 周囲の大気が光を放ち、熱を帯び、重力を発する。

 分子間の相互作用が通常の法則を無視し、見えざる力に導かれ、機械的な運動を始める。

 三つの鳳凰が口を開く。


 『”天地雷武風林火山”、我、八極の理の元に宣す、

  ――右に灼陽・左に煌月――我、『光』顕せし者なり!』


 大将軍を中心に濃密で複雑な法陣が唸りを上げ、膨大な熱量が一点に集中して行く。

 胸部の結晶が眩く白く輝き、照り返しを浴びた大将軍の顔面が、突如、中央から割れて左右に開く。

 現れた巨大な顎が金色の息吹と共に叫ぶ。


 「魔劫消滅斬
(まごうしょうめつざん)!」


 正に飛び掛かからんと宙を舞った『怪物』へ向け、虚空を蹴って踏み込み、

 左手を鋭く斬り上げ大上段に、輝く航跡を曳き、一気に斬り下ろす。

 星も砕けんばかりの轟音と閃光。


 次の瞬間、全てが凍りついたが如く沈黙する。

 静寂が破られる。

 『怪物』の背後に抜けた大将軍の顔面が再び閉鎖され、振り下ろした刀を顔の前に担ぎ上げ、雫を飛ばす如く振りかざす。

 同時に、中央の鳳凰が口を開く。


 『天魔覆滅!』


 大爆発。

 『怪物』の左肩から首の付け根まで、一直線に光が迸り出で、間髪置かずに爆ぜ飛んだ。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ・・・!


 長く尾を引く絶叫と共に、巨躯がゆっくりと右に傾き、沈んでゆく。

 左腕は肩の基部からごっそりと斬り落され、晒した断面は青白い煙を吐き出し、炎が舌を閃かせる。

 そして、また何か金属のぶつかり合う大きな音と共に巨体の沈下が止まり、

 それきり、ぴくりとも動かなくなった。

 突き刺さるような殺気も、怒気も、全く感じなくなった。


 大将軍は刀を鞘に収めつつ、鳳凰に命じる。

 「超高速巡航、状況準備。」

 『状況準備
(スタンバイ)。』

 そして、数秒とは間を空けず、大将軍の全身は緑色の光に包まれ、

 矢のような勢いで爆火炉忍亜山を越えて飛び去って行った。

 しばらくの間、ごろごろと遠雷の様な衝撃波音が響いていたが、じきに途切れ、また静寂が辺りを包んだ。


七月十四日 〇八一五時
爆火炉忍亜山麓 戦場痕

 生物的な様相が消え失せ、元の戦船の様相を取り戻した『怪物』のあちこちに、

 いつの間にか豆粒の様に見える人影が何十人も現れ、せわしなく動き回っている。

 低い機械音の唸りが響き出し、這うような風が地面を舐め始める。

 辛うじて生き残っていた『怪物』の乗組員が、ガタガタになった艦体を浮走機で浮かそうと四苦八苦しているのだ。

 二十分程ももがいた後、ようやく、酷いガチャガチャという異常音を吐き出しながら浮き上がり、

 ゆっくりとした速度で後退し、進んできた道を戻りだした。

 おっかなびっくり、騙し騙し、といった風情で、戦闘はとても不可能であろう。

 だが、それを追撃できる者ももはやこの場には居ない。

 戦いは、終わったのだ。



 一部始終を、焼け野原の真中に座り込んで眺めていた、役士摩。

 浮走機の重い唸りが去って行くのを、我を忘れたように茫然と聞いている。

 万人の想像を絶するような光景は、彼のすぐ眼前、そして頭上で繰り広げられていた。

 言葉が、思いつかなかった。

 最精鋭にして、近臣であった七本槍を含む、何百人もの部下を一時に失った事、

 そして、それが突如現れた闇の化身によるものである事、

 更には、その闇の化身を事も無げに葬り去った大将軍の技を、間近で目の当たりにした事。

 死に損なった事。

 それらが、彼の思考を歯車の外れた様に空回りさせていた。

 背後からの足音にも、何の反応も示さない。

 肩に、手が掛けられる。

 まどろみから覚まされた様にはっとなり、振り向く。

 そこに立っていたのは、藤見である。

 いつに無く、面白く無さげな表情で、じっと役士摩を見下ろす。

 全身、ぼろぼろである。

 草摺
(腰部から吊るされた、脚関節を守る板。)は片方取れてしまっているし、肩や胸の装甲は擦り傷だらけだ。

 顔には砂埃を乱暴に拭った跡がついている。

 戦闘によるものもある様だが、どうも少し様子が違う。

 しばし、無言で互いの顔を見る二人。


 「・・・指揮を、返上致す。」

 やがて藤見が無愛想に口を開き、手を差し伸べる。

 「・・・・・・。」

 またしばし、無言で藤見の顔を見ていた役士摩だが、やがて、藤見の手を掴み、立ち上がる。

 「・・・ああ。」

 ただ一言、そう答え、藤見もそれ以上は口を聞かず、役士摩に肩を貸し、荒野を踏みしめ歩き始めた。

 爆火炉忍亜山を越えて、不論帝悪へ、鎮台へ。

 彼等の一日は、まだ終わってはいない。

 するべき事は、幾らでもあった。

 ただ、長い朝が、ようやく過ぎ去ろうとしていた。


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