『五・鑠鏃』へ


忌業

七月十四日 〇七三六時
爆火炉忍亜山麓

 「・・・・・・!」

 気流に翻弄される役士摩
(えきしま)

 急激な気圧の変動で声も出ない。

 背景が狂った廻り灯篭の如く急速に流れる。

 激しい衝撃。立て続けに衝撃。

 何かが、無数の何かが激しく鎧を叩く。

 (何が起きた!?)

 (何が起きたのだ!?)

 混乱しそうになる脳を必死に落ち着かせ、映示板に自己の状態を表示。

 姿勢指針が三軸とも目まぐるしく回転している。

 自動水平装置作動。全身の爆燃天
(ばーにあ)が小刻みに噴射され、眼前の景色の回転を押し留める。

 凄まじい乱流。姿勢を保つのが容易でない。気息を整えつつ、怪物の姿を求める。

 (・・・居た。)

 白く濁った嵐の向こうに、薄黒い巨大な影を見た。

 (・・・?・・・!?)

 役士摩は、己が視覚を疑った。

 呆気に取られた。

 (浮いて・・・!?)

 『怪物』が、脚を伸ばした姿勢で宙に浮いている。

 (跳んだ!?)

 半ば反射的に目の前の事象を分析する。

 数万トンに及ぶであろう『怪物』の質量、一秒足らずで数十mを跳びあがる速度、速度の二乗で増加する運動力、

 至近距離からの発砲を事前に感知し得る精測機器、感知した情報を伝達し具体的な動作を行い得る判断機構・・・。

 中途から、思考が恐慌に陥る。

 そして、周囲に濃密に発散され、混乱した脳を圧迫する、敵意。

 あの一撃を与えるまでは微塵とは感じなかった、濃密な敵意。先まで戦っていた「小物」が束になっても及ばない敵意。

 その中心に在るのは、巨大な異形。

 (・・・『怪物』だ・・・。)

 役士摩は、この時初めてそう思った。

 『あれ』は、もはや戦船などとは根本的に違う。

 人外の業
(わざ)により生み出されし『怪物』!

 快心の一撃と思われたそれが、『あれ』を呼び覚ます結果となったのか。

 (不可能だ・・・! 我等では、勝てない・・・。)

 全身から力が抜ける。

 (『怪物』なのだ・・・。)

 脳を満たした無力感が思考を押し退ける。

 再び気流に煽られ始める。

同刻
烈帝城 軍議の間

 その常軌を逸した光景は、烈帝城にも届いていた。

 「まさか!」

 「有りえん!まやかしでは無いのか!?」

 重臣達が口々に驚きを露にする。

 「轟天殿・・・!」

 副将軍・流星さえ、あまりの事に顔色を失い目を見開いている。

 「まやかし等では、有り得ん・・・。」

 将頑駄無・轟天の声色は平静そのものであったが、その拳は卓の上で堅く握り締めらている。

 現地に派遣された武零斗忍軍
(ぶれーどにんぐん)の高高度偵察機よりもたらされる情報と、それを処理するこの城の大演算装置が証明している。

 九分九厘、それ以上の確立で間違い無く、それが現実に起きている事であると。

 (これが、理
(ことわり)に逆う代償か・・・。)


 先の幕政の更に以前、天宮の地を混沌に陥れた『闇の怪物』。

 その存在は最大の禁忌とされ、その名を思い浮かべる事すら忌避されている。

 三百数十年前、前幕府始祖・鳳凰を初めとする四人の大将軍の手により、『それ』はこの世から消し去られた。

 だが・・・、それは、『光』と『闇』は常に等価であるという、この世の理に逆らった行為である。

 力任せにねじ伏せられた理は、この世に大きなひずみをもたらした。

 すなわち、振うべく力、力宿りし姿を奪われた『闇』は、それが最も安定する姿、本来の『怪物』の姿を「思い出せず」、

 非常に不安定な状態のまま八方に飛散し、さまよい出したのだ。

 そして、まるで全体の数百分の一の量の物質が劇的な変化をもたらす触媒反応の様に、

 ほんの些細な切っ掛け、片言の言霊、擦れた形魂にも過敏に反応し、「忘れられた」形を再構成しようと、

 堰を切った様に渦を巻いて押し寄せるようになってしまったのだ。

 以来、旧幕は『闇の怪物』の存在した痕跡一切を世間から抹消し、最極秘機密として封印した。

 『その姿』を知るものを無く、『その名』を知るものを無く、『それ』が存在した事を知るものをことごとく無くしたのだ。

 今では、それを知る事を許されるのは、上位の武士階級のみ。

 厳重な『光の結界』内で精神拘束術法を用い、ようやく『その姿』『その名』を脳裏に宿す事が許されている。

 (それを・・・有ろう事か、姿形を模した物を造ろうとは。)

 今や、『あれ』の周囲には、並の大妖怪とは桁違いに大きな「闇の力」が励起し渦を巻いている。

 形を与えられた事で『それ』としての力を呼び覚まされ、『それ』としての力は更なる形を成さんと闇の力を集める。

 ただ歪められた理が、辛うじて『それ』そのものの完全な復元を阻んでいるに過ぎない状態だ。

 もはや、姿だけの『怪物』ではない。

 それも、八匹。

 そう、今、天宮中を跋扈している八匹全てが、同様の能力を発現し得ると考えねばならないだろう。

 (あんな化け物に、まともに対抗できる様な兵器は・・・。)

 わき目で上座を仰ぎ見る轟天。

 大将軍・弓銃壱は、未だ薄暗い上座で沈黙を保っていた。

同日 〇七三七時
爆火炉忍亜山麓

 紙切れの様に、無抵抗に吹き流される役士摩。

 打ち当たる破片にもはや抵抗する意志も示さない。

 眼前を過ぎて行くそれらの破片は、よく見れば先程まで共に死力を尽くしていた兵達の欠片ではないか。

 身に纏う『炎玉』の防御力が、この「ひき臼」の最中で役士摩が粉々になるのを送らせているのだろうか。

 その役士摩本人より一足先に死んだような彼の瞳に偶然、それが映った。

 『怪物』のくるぶし。

 先程、『烈閃洸
(れっせんこう)』で狙った突入予定箇所。

 様々な条件の兼ね合いから、幾重もの防壁を破り突入するのに最もふさわしいとされた個所だ。

 (人一人、通れるほどの穴でも開けられていれば・・・。)

 茫洋とした目付きでそこを見つめる役士摩。

 『怪物』のあのような機動性能は全く予想だにしていなかった。

 烈閃光砲は先の一撃を最後に破損し、もはやあの装甲を撃ち抜く程の全力射撃、『蛇炎烈閃洸』は不可能だ。

 撃ったとて、竜巻を伴って飛び跳ねる『怪物』に、この至近距離でどう追随出来るものか。

 気流が徐々に収まり、気圧低下により白濁していた大気が透明さを取り戻し始める。

 突然、くわ、と目を見開く役士摩。

 穴が、開いている。

 丸いものを引き摺ったような楕円形の範囲が杏色に熔け、その中心部に、ぽっかりと虫に食い破られたかのような黒い破口が見えた。

 (何故!?)

 光激の照射時間は、まるで足りなかった。装甲表面を熔かす事は出来ても、あのように破裂させるには至らないはずであった。

 その個所を凝視する彼は、やがてそれを見つける。

 破口の傍らに突き立つ、一本の対装甲長槍。

 役士摩には、それが示す意味が正しく理解できた。

 そして、思考が沸騰する。

 「オオオオオ!」

 咆哮を上げ、爆燃天
(バーニア)を吹かし、気流に強引に逆らい怪物へ突撃。

 だが、怪物の巨大なつま先が分銅の様に振りまわされ、巻き起こる乱流に激しくきりもみしながら吹き飛ばされる。

 中空でとんぼを切り、姿勢制御。地を激しく抉りつつ、膝を突いて着地。

 『怪物』を睨み上げるその瞳は再び、いや、先程よりも爛々と輝き、獰猛ささえ湛えている。

 「諦めていたのは、わしだけだったか・・・。」

 『怪物』に近付いた時、杏色の破断面が奥深くまで続いているのが、一瞬だがはっきりと見えた。

 『裂閃洸』を放った時、同時に着弾個所へ突撃を掛けた五人の兵達、
彼らはあの想像を絶する空気の大渦の中、

 状況も分からぬまま、最後まで攻撃を止めなかったのだ。

 今、役士摩の周囲に落下し散乱する『彼ら』は、逃げ遅れたのではない、逃げなかったのだ。

 その結果が、あの大穴だ。

 熔けた装甲に炸裂矢を、槍の衝撃波を、あるいは己自身をも叩きこみ、潰えかけた道を貫いたのだ。

 まだ、諦めるには早い。

 否、諦める事は許されない。

 腰の大剣を抜き放ち、立ち上がる。

 熱い衝動に揺り起こされた脳は、冷静さを取り戻し、僅かな勝機を求めて目まぐるしく思考し始める。

 (あれだけの機動をするからには、対空銃塔も近接防御火器も殆どが管制能力を失う筈だ。

  そして、あれだけの巨体、幾ら素早くとも死角は多い・・・。)

 『・・・殿!ご無事で! 撫膳
(ぶぜん)、健在に御座る!』

 『・・・こちら遥鐘
(ようしょう)!残ったのは我等のみの模様。』

 通信回線に、雑音混じりの『七本槍』の二人の声。

 見れば、土埃の向こうに、大槍を担いだ撫膳の影、そして、役士摩から少し離れた地面を抉り、遥鐘が着地する。

 当初、百余名で編成された突撃隊は、今やたった三人となった。

 「三人居れば充分!行くぞ!」

 浮走機・擬似空力殻形成開始。

 爆燃天全開。

 甲冑を浮遊走行させる為に用いられる運動力制御力場を転用し、周囲に空気を受け流す『殻』を発生させる。

 空気抵抗を最小限に押さえ、一気に時速三百kmにまで加速。

 腰の大型戦闘刀剣を抜刀しつつ、『怪物』に肉薄する。

同刻
爆火炉忍亜山 西南斜面


 立て続けに砲声が轟き、樹木が倒れるめりめりという音が幾重にも重なる。

 一直線に切り開かれた樹林を馳せ抜ける戦馬、一騎。

 藤見である。


 「後は勝手に帰れ。俺は抜ける。」

 数分前、副官にそう一方的に告げ、藤見は撤退する兵の列から抜け出した。

 うろたえる副官を捨て置き、手ごろな戦馬に乗った武将を、

 「借りるぞ」

 とだけ言って押し退けて己が跨り、来た道を駆け戻り始めた。

 そして、曲がりくねる峠道に焦れ、道の無い樹林に強引に分け入り、今に至る。

 「く・・そ!ちきしょう!」

 叫ぶと同時に右脇の六十mm砲を発砲。

 ガタガタ激しく揺れる馬上で、一撃事に毒づく。

 (あんなバケモン相手に、戦術も戦略も有ったもんじゃねぇ! 二、三人でどうこうしようなんざ、犬死と変わらねぇ!)

 勿論、役士摩達の後を追おうとしているのだ。

 だが、彼自身、行って手助けをしたいのか、それとも連れ戻したいのか、解らない。

 とにかく、じっとしていられなかった。

 「ちくしょう!・・・う!?」

 弾が尽きている。そのまま、木々の間に突っ込む。

同日 〇七四〇時
爆火炉忍亜山麓

 身を焦がす熱風に四方八方から激しく煽られる役士摩達。

 『怪物』が己が至近に『針鼠
(はりねずみ)』、一種の対人爆雷を絶え間無くばら撒いているのだ。

 それらはすぐに地表に舞い落ちるが、絶え間無く高機動を繰り返す彼らには、中空に張り付けられているも同然だ。

 個々の威力はたかが知れているが、完全に躱すのは容易ではない。

 だが、弾幕にかまってはいられない。『怪物』の間合いの内で一瞬でも油断すれば・・・。

 「上だ!撫膳!」

 遥鐘の声に反応し、強烈に地面を蹴り、側方へ転進する撫膳。その眼前を巨大な鉤爪が掠過する。

 「ぐ・・・あ!」

 跳んだ勢いでまともに『針鼠』の群れに突っ込む。擬似空力殻の境界面で幾つもの閃光が爆ぜ、撫膳をあぶり焼く。

 体勢を崩し失速する撫膳に、追い討ちをくれようともう一方の鉤手を持ち上げる『怪物』。

 「化妖が!」

 役士摩が全力噴射で突進、裂閃光砲を四点射。

 出力・四五%。全力照射『烈閃洸』には遠く及ばないが、一〇二mm砲に迫る貫通力と破壊力を秘めている。

 だが、銀色に光る頭部に二発まで着弾したが、すぐさま大きな痛手では無いらしく、

 三、四発目は真横へ飛び退る『怪物』を追随しきれず空を切る。

 追撃せんと引金に掛かった指は、甲高い警告音に引き止められる。

 「くそ!」

 (もう過熱か・・・!)

 裂閃光砲は先の『裂閃洸』の乱射で冷却系統が大破し、今は甲冑本体の冷却管を無理矢理融通している。

 冷却効率は平時の二割以下。通常なら十数発の連射が可能な速射設定状態でこのざまだ。

 冷却経路を断たれた甲冑本体は表面から陽炎が上るほど熱が篭り、額に巻いた鉢巻の隙間からとめどなく滝のような汗が流れる。

 飛び退った『怪物』は、撫膳に止めを刺す機会は逸したが、着地の際に稼いだ脚のバネの力で前方へ跳ぶ。

 そこに居たのは、突進と光砲の乱射で一時的に動作を止めた役士摩だ。

 「ちっ!」

 刀を地面に突き立て、空いた右手で素早く印を切り術法を展開し、勢い良く地面を叩く。

 「地動!」

 『怪物』の爪が役士摩を薙ぎ払う寸前、彼の周囲の地面が音を立てて陥没し、三m程も沈み込む。

 袈裟に薙ぎ下ろされた鉤爪は、役士摩の頭上をきわどく掠過し、すぐ脇の地面を抉り立てる。

 その隙に役士摩は爆燃天を吹かして脱出。今度は、『怪物』に隙が生じる。

 「今だ!撫膳!遥鐘!」

 「承知!」

 「御意!」

 撫膳、『怪物』の八時方向五百m、遥鐘、同じく四時方向七百m。

 遥鐘が『怪物』へ向け急滑走。

 『怪物』がばら撒く『針鼠』を小刻みな弧を描き回避しつつ、左手の長弓を構える。

 矢種選択・高初速炸裂矢。背面に据えられた箱状の矢櫃
(やびつ)から箙(えびら)(矢を携行する為の道具)が展開し、

 手前にせり出した七本の矢を指の間に挟み、流れるような動作で番える。

 彼の甲冑の左前面には、刀傷や弾痕が無数に穿たれ、表面の装甲はほとんど剥がれ落ち、生身を晒している部分も有る。

 弦を弾く右手や背後の矢櫃を、半身を捨てて庇った痕だ。

 「燕風乱弓
(えんぷうらんきゅう)!」

 凄まじい迅さで矢が放たれる。秒間一.四矢、七連射、機械の如く洗練された指捌きを以って一矢一矢番えて放っている。

 しかも、ただの乱射では無く、一矢毎に正確無比な命中精度を持つ、弓術の最高位奥義だ。

 三斉射、二一発が瞬く間も無く放たれ、気配に振り向きかけた怪物の右面の二つの目に次々と着弾し、爆炎をほとばしらせる。


 ギェェェェェェェ!


 うっとうしげな声を捻り出し遥鐘へ鉤手を振り上げる『怪物』。

 だが、右の二つの目玉が、ぎょろり、と横を向き、振り上げた鉤手で脇を払いのける。

 その軌跡に居たのは、撫膳だ。不意打ちを急上昇ですり抜けた撫膳はそのまま爆燃天噴射で上昇し、頭上で大槍を振り回し始める。

 先程、遥鐘が放った炸裂矢の内、数発は、撫膳と『怪物』の間を阻む『針鼠』を焼き払い、撫膳はその狭間を一直線に駆けて来たのだ。

 その甲冑には一見大きな損傷は無いが、良く見れば全身至るところの装甲に不自然な歪みが生じている。

 ここに至るまでの激戦の際、甲冑が中の身体諸共に折れ曲がった痕だ。

 体中の骨が歪み、ひしゃげて尚、槍を振るい得るのは動甲冑の倍力機構故か、武士の意地か。

 大槍の旋回は見る間に早くなり、回転面からはちりちりと火花が散り、放電を始める。

 「怨邪滅却・・・!」

 『怪物』の頭より高く飛び上がった時には、稲妻を想起させる程に青白く激しく輝き、唸りを上げるまでに達している。

 回転を維持したまま槍を右手に、後方へ大きく仰け反り、爆燃天の噴射によって反動力を得る。

 全身を捻り、力を右腕ただ一点に集中。そして捻りを一気に解き放ち、槍を投擲
(とうてき)する。

 「雷徹閃
(らいてつせん)!」

 槍は真っ白い航跡を残し一直線に怪物の肘に吸い込まれ、大爆発を起こした。

 「殿!」

 「ィ良し!」

 一連の動作を見据えつつ、怪物の二時方向に回りこみ機会を伺っていた役士摩が、今よ、と怪物の右足付け根の破口へ飛び込まんと、急加速。

 たちまち周囲の『針鼠』が爆裂し、体をあらぬ方向へと押し戻そうとする。

 しかし、距離にしてたかが二百m余り、動甲冑の加速なら一瞬である。頭を前に、顔面を右手で庇い、強行突破を試みる。

 だが、

 濛々と沸き立つ煙が吹き散らされ、忌々しい鉤手が現れた。

 「!」

 近すぎる、躱しきれない。

 「がは!」

 どうにか直撃は免れたが、激しくきりもみしながら吹っ飛ばされる。

 続いて、返す裏拳が中空で姿勢回復中の撫膳をぶっ飛ばす。

 「殿!撫膳!」

 遥鐘が叫ぶ。砲丸の様に地面に吸い込まれる役士摩の元へ駆け出す。

 地面を削り派手に転がった役士摩が、頭を振りながら起き上がる。

 「大事無い!撫膳!」

 『大・・・御座・・』

 通信は途中から雑音だけになり、識別信号も途切れた。

 (くっ・・・。)

 辺りに首を巡らせようとするが、全身が痺れる様に痛み、動く事がままならない。


 ギャエエエエエエエエエエエ!


 壮絶な咆哮。

 そして地面一帯が怒号を上げている如く凄まじく震動。

 『怪物』が、止めをくれんと、後足で地面を蹴り上げ、覆い被さるように突進してきたのだ。

 凄まじい戦意、凄まじい殺意。

 「バケモノがぁ!」

 怒声を放つ役士摩。だが、身を起こそうと突いた右腕に鮮烈な痛みが走る。

 爆燃天で緊急離脱・・・噴射口の向きが良くない。

 再び地動術法で回避・・・、もう間に合わない。

 「ご容赦!」

 「!?」

 遥鐘が叫んだのが聞こえたと思ったか思わぬかの瞬間、役士摩の真隣で突然、何かが爆発し、横様にぶっ飛ばした。

 背後を膨大な運動量を持った鉤手が通過して行くのを役士摩は感じた。

 次いで、『怪物』がつんざいた空気の後流に巻き込まれ、猛烈な勢いで『怪物』の背側へ引きずり込まれる。

 逆さ吊りのような姿勢で、とてつもなく巨大な下腕、肘、上腕、と瞬時に見送った。

 そして、『怪物』の肩口まで舞い上がった時、それが目に入った。

 自分と反対側に、何か細かな物を舞い散らせつつ、勢い良く離れて行く、小さな白っぽい塊・・・。

 「・・・!」

 (遥鐘!)

 叫ぼうとしたが、気圧の低下で声が出ない。

 次いで、強烈な衝撃に見舞われ、全身の感覚が無くなった。

 体が跳ねかえり、反転する。

 視野いっぱいに広がる『怪物』の張り出した肩の装甲。

 それにしたたかに体を打ち付けたのだ。

 それを認識した所で、役士摩の思考が途切れた。

同日 〇七四二時
爆火炉忍亜山麓

 「・・・との!・・・殿!」

 体が揺すられている。誰かが耳元で怒鳴っている。

 体が妙に軽い。誰かの腕に抱えられている。

 「撫膳・・・か、生きておったか。」

 思考の靄を払い飛ばすように頭を振る。目の焦点が合う。

 確かに撫膳だった。

 だが、面頬の左側が大きく砕け、晒した顔は表皮を砕かれ肉を剥き出している。

 露わになった口元の表情が、けろりとしているのが却って痛々しい。

 兜の左半分も大きく陥没し、砕けている。通信も識別信号も途絶えたのはこれ故か。

 半ば無意識に映示板に目を走らせ状態確認。

 全身の駆動系に赤い警告印が表示され、特に右手は骨が折れ、剣はもう振れない。装甲の強度も著しく低下している。

 損傷度算定機構の報告は、〔総合耐久値・二七%〕

 画面端の時計に目が止まる。

 〔〇七 四二 三三〕

 意識を失ってから三十秒程しか経過していない。

 改めて周囲を見回す。

 彼らは、空中に浮いていおり、徐々に落下していた。撫膳は跳躍して役士摩を受け止めたのだ。

 役士摩の脳裏に、次第に直前までの記憶がつながり始める。

 「く・・・不覚!」

 気を失った事、回避の判断が遅れた事、『怪物』の堅牢さをまだまだ甘く見ていた事、諸々への悔念。

 そして、

 「遥鐘は!」

 「ここに。」

 撫膳が目線を下に落とす。

 撫膳の右手には右半身を無残に陥没させた甲冑が吊るされている。

 炸裂矢で役士摩をふっ飛ばし、自分は逃げ遅れて派手に跳ね飛ばされた遥鐘。

 「遥鐘!返事をせい!」

 「息はあります。されど・・・。」

 右胸から兜に掛けて全く原型を留めていない。

 そして、右腕が根元から千切れていた。

 弓弦を弾く、右腕が。

 「・・・そうか、撫膳、お主は?」

 「ご覧の通りに御座る。」

 体の傷はともかく、怨邪必滅の大槍はもう無い。

 「今度はわしが奴を引き付ける、お主が突入しろ撫膳。」

 「は!」

 「その役、それがしが頂戴致す。」

 「!?」

 遥鐘が潰れた顔を上げて二人を見上げていた。

 「遥鐘!お主、その身体で何を!」

 「まだ、主爆燃天
(めいんばーにあ)は動く。そして我が背に、未だ一八本の炸裂矢在り。」

 「!!」

 声を荒げる撫膳に、冷静に決意を告げる遥鐘。残った左目が鋭く光っている。

 黙って頷く役士摩。

 「最後の賭けだな。」


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